人権や人間の安全保障を重視し
途上国の発展を協力の原点に
旧海外経済協力基金・国際協力銀行の勤務経験のある桜井周氏は、国際協力の中で自国の利益を考慮する必要性はあるとしつつも、相手国の発展や、人権、「人間の安全保障」の重要性を強調する。ミャンマーや中国への対応を含め、考えを聞いた。
衆議院議員 立憲民主党 桜井 周氏
1970年生まれ。京都大学農学部卒、同大学院農学研究科修士課程、米ブラウン大学大学院環境学修士課程修了。旧国際協力銀行(入職時は海外経済協力基金)、特許事務所勤務、兵庫県伊丹市議(2期)を経て、2017年衆議院議員に初当選(現在2期目)。衆議院財務金融委員会理事。党国際局副局長、政務調査会副会長。SDGsに関するワーキングチーム座長も務めた。
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ODA の背景には戦争の償い
かつて勤務していた旧国際協力銀行(入職時は海外経済協力基金)で、インドネシアの地熱開発やフィリピン・ボラカイ島での上下水道・廃棄物処理施設の整備を通じた環境保全事業などを担当した。当時、日本の政府開発援助(ODA)の金額が世界一で、日本の国益はあまり強調されず、純粋に発展途上国の発展のために事業を進めることができた。
日本は第二次世界大戦中、東南アジアに攻め込んだ。東南アジア諸国は、日本とアメリカの戦争に巻き込まれる形で、戦場となった。日本のODA には、こうした国々への償いの意味や背景があると思っている。だからこそ、初期の段階から、「各国の発展のために」ということが意識された。
取り組み例の一つが、インドネシア・ジャワ島のブランタス川開発事業だ。1961 年から40 年以上続いた事業では、ダム建設、灌漑、米の増産などが行われた。一帯はインドネシア有数の穀倉地帯となり、近郊のスラバヤは、国内第2の都市として発展した。
農地整備事業では多くの日本人技術者が現地に入り、現地の技術者と一緒に泥にまみれ、ともに汗を流した。日本人から技術を学んだ技術者が全国に広がり、そこでも技術者を育てた。こうした活動が日本に対する信頼や親しみを生んだ。
非軍事のけん制で中国民主化を
開発協力を続ける中で、日本も欧米も失敗を経験してきた。インドネシアのコタパンジャンダムやインドのナルマダ渓谷開発計画などでは、住民移転と補償をめぐり訴訟も起こされた。こうした経験から、環境社会配慮ガイドラインの策定など、新たなルールを積み上げてきた。最近、中国による開発援助が拡大し、欧米や日本が失敗に学んで積み上げてきたルールが無視されるようなことも起きている。開発に伴う債務を積み上げる「債務の罠」とも言われる事態が、アジアやアフリカ各国で起きている。
これまでの反省に立った開発援助が進められるように、日本も役割を果たしていく必要がある。このことは国会でも何度も取り上げてきた。
中国に関しては、その軍事力の増強や軍事的な脅威に対抗するとして、日本の防衛費を倍増させるという議論がある。かつては日本の経済規模が中国より大きかったが、今や中国の経済規模は日本の3倍以上となった。こうした国と軍事的に対抗しても勝てない。別の方法を考えた方がいい。「一帯一路」政策を含む開発援助のやり方に対するけん制は、その一つであり、現実的な抑止力になる。
中国が、国民の意見が政治に反映され、人権が保障される社会体制になっていけば、中国の脅威はなくなる。この方向に持っていくことは、日本の安全保障の問題でもあるが、中国の人々の幸せにもつながる。 私自身、中国の民主化を求め、「対中政策に関する列国議会連盟」(IPAC)の活動にも加わっている。日本としても、中国が一帯一路や開発援助を通じて、人権をおろそかにする体制を輸出していないか検証し、けん制すべきだ。中国から物を買っている場合は、サプライチェーン全体をみて、人権を侵害していないか確認していくことも重要だ。
デンマークで、議会財務委員会委員兼デジタル化・IT委員会副委員長の ベックーニールセン氏と話す桜井氏
ミャンマー支援は即時停止を
民主化プロセスが進んでいたときには、ミャンマーに対する支援は重要であり、しっかり進めるべきであった。しかし、そのミャンマーで軍事クーデターが起き、民主的に選ばれた政権が転覆させられてしまった。この事態を受けて世界銀行やアジア開発銀行は、新規の貸付契約をしないだけではなく、実施中の事業への融資を停止した。日本は、新規の貸付契約こそしていないものの、実施中の事業への融資は継続している。実施中の事業も停止すべきだ。
衆議院の財務金融委員会で、「軍関係の企業との契約もあるのではないか」と質問すると、国際協力機構(JICA)は「ない」と回答した。しかし、後になって、アメリカの制裁対象にもなっている軍関係企業が、直接の契約先ではないが、下請けとして関わっていることがわかった。 民間企業の取り引きでも、サプライチェーン全体で人権が守られているか、確認することが求められるようになっている。民主的政権をクーデターで転覆させた軍関係企業との取り引きに日本政府が関わるようなことはやめるべきだ。長い目で見て、その国の人たちの幸せにはつながらない。
日本政府は軍とのパイプを通じて働き掛け、状況を変えていくと言っていたが、この2年間、少なくとも結果を見れば、状況は何も改善していない。
ミャンマーの軍とのパイプを強調すればするほど、日本は軍政側なのではないか、「人権外交」「価値観外交」を強調するが実際は違うのではないかとみられる。事業を続けることは今の軍政やクーデターを認めることになりかねない。民政移行しない限りは事業継続もありえないとして、事業をすべて止めるところから始めるべきだ。
国内の外国人の権利保護も重要
人権に関しては、技能実習生や出入国管理の問題、難民受け入れなど、日本国内の課題もある。
中国の援助に関して、債務問題に悩むスリランカを助けようと努力している。その一方で、スリランカ出身のウィシュマ・サンダマリさんが名古屋出入国管理事務所に収容中、適切な医療を受けられずに死亡する事件があった。これでは、スリランカの人たちに、「日本はとてもひどい国」と思われてしまうのではないか。
昨今のODA は、「国益」を追いすぎているのではないかと感じている。税金を使っているので、それが日本のためにどのように役立っているのかの議論は必要な一面だが、短期的な利益を追いすぎると大きなものを見逃してしまうのはないか。
現地の人と一緒に開発に取り組む。人権や人間の安全保障を大事にした取り組みとする。それが日本への信頼や親しみを深め、ひいては日本の国益にもなる。開発協力は原点に立ち返るべきだ。
本記事は『月刊 国際開発ジャーナル2024年1月号』に掲載されています。