活発化する導入に向けた動き
今年6月3日、超党派の議員からなる「国際連帯税創設を求める議員連盟」が、高村外務大臣に「開発資金のための連帯税に関するリーディング・グループ」への加盟を求める要請書を提出した。この背景には、国際連帯税のひとつである「通貨取引開発税(CTDL:Currency Transaction Development Levy)」の推進に向け、日本が世界を先導していきたいとの考えがある。そもそも開発のための“革新的資金メカニズム”と称される国際連帯税とは何か。そしてその中でも議連らが注目するCTDLが持つ可能性について、同議連事務局長の犬塚直史氏(民主党参議院議員)、NGOの立場から国際連帯税導入に取り組むオルタモンド事務局長の田中徹二氏らに対するインタビューをもとに探ってみたい。
MDGs達成に向けた革新的資金メカニズム
国際連帯税とは、国境を越えてグローバルに展開される経済活動に対して課税し、それを開発途上国向けの開発資金として活用していくというものだ。これは、これまで国単位で考えられてきた税制度というものを地球的規模で実施していこうという発想に立脚したものであり、国際連帯税の具体的な課税対象としては、炭素税、航空・海上輸送税、航空券税、多国籍企業税、武器取引税、金融取引税などが検討されてきた。
この国際連帯税で、世界をリードしているのがフランス。2005年1月に開催された世界経済フォーラム(ダボス会議)の場で、初めて国際連帯税構想を打ち出したのがフランスのシラク大統領(当時)だ。さらに、同年9月には「国連世界サミット」で、ブラジル、チリ、スペイン、ドイツ、アルジェリアとともに国際連帯税の導入を表明、06年7月には、フランスが世界に先がけ航空券税の導入を果たしている。国連ミレニアム開発目標(MDGs)の達成に向け必要とされる年間500億ドルの追加予算を担保するためには、各国のODAだけでは不十分であり、何らかの“革新的資金メカニズム”の必要性が叫ばれていたなか、これは画期的な出来事であった。
またこの間、06年2月にはフランスとブラジルが中心となり、「国際連帯税パリ国際会議」を開催。これが国際連帯税をテーマとした初の国際会議となっている。この会議で、38カ国が参加する「開発資金のための連帯税に関するリーディング・グループ」が結成され、現在、このグループを中心に国際連帯税の拡大に向けた取り組みが行われている。
導入に向け議連が動く
こうしたMDGsの達成に必要な資金確保に向けた各国の取り組みのなかで、これまで日本の存在感は皆無であった。現在、54カ国へと拡大したリーディング・グループへは、残念ながら日本はオブザーバー参加にとどまっている。オルタモンドの田中氏は、「グレンイーグルズサミットの前後から国際連帯税の実現に向けて日本政府に働きかけてきたが、相手にもされなかった」と話す。
こうした状況が激変したのは今年2月。衆参両院から約40名の超党派の議員が参加する、「国際連帯税創設を求める議員連盟」(会長は自民党衆議院議員、島津雄二氏)が発足した。その設立趣意書では、気候変動、貧困、疫病など地球的規模で取り組むべき課題を“パスポートのない問題”とコフィ・アナン前国連事務総長の言葉を引用し、その解決に向けた資金的目処が立っていないことへの懸念が表明されている。また、現在9カ国で導入されている航空券税などは主要国に広がっていないこと、そもそもの税収規模が少ないことなどを指摘、日本が革新的資金メカニズムの創設に正面から取り組む必要性を強く訴えている。
このなかで議連が注目している国際連帯税が「通貨取引開発税(CTDL)」だ。すでに動き出している航空券税の税収がフランスで約320億円程度の規模であるのに対し、CTDLは日本が単独で導入しただけでも、実に5,800億円もの税収が得られると試算されている。07年2月にオスロで開催されたリーディング・グループの会合では、このCTDLについても導入・普及を目指しタスクフォースを設置することが決定している。このCTDLとは、国際的な為替取引(通貨取引)に対して課税するというものだが、このこと自体は決して新しい考え方ではない。1972年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・トービンが提唱した“トービン税”も通貨取引に対して課税しようという点では同じ発想である。
CTDL導入のハードルは「誤解」
トービン税の時代から、通貨取引へ課税することに対する古典的な反論がいくつかある。これが現在でもCTDLに向けられるナイーブな反応の根幹にあるようだ。
まず市場の流動性をゆがめてしまうという指摘である。トービン税が当時、変動為替相場制へと移行したアメリカで、資金の過剰流動性を抑制することを目的として1%という高い税率を設定していたのに対し、CTDLは開発資金の確保を第一の目標とし、市場の流動性に配慮した0.005%という低い税率が想定されている。「市場流動性の規制」を目的としたトービン税と「開発資金の確保」を目指すCTDLは、“似て非なるもの”と理解する必要があるだろう。
ついでよく耳にするのが、技術的な面での指摘だ。トービンの時代には、世界中で行われているグローバルな通貨取引に対して課税することが物理的に難しかった。この状況が現代、ITの発達・普及により激変している。オルタモンドの田中氏によれば、国際銀行間通信協会(SWIFT)を利用する金融機関が世界で約8,000に拡大し、通貨同時決済銀行(CLS)の誕生で、どのような複雑な為替取引でも簡単に補足することができるようになったという。さらに、マネーロンダリングや対テロ資金に対する監視なども行われている現代、技術的な障害についても取り除かれつつある。また、通貨取引に対して課税する場合、相手国が存在することから国際的な合意形成が不可欠であるとの指摘についても、これら金融市場を取り巻く技術的な発達を背景に、1カ国の通貨のみを課税対象とすることが可能になった。課税逃避行動を招き税負担の公平性を欠くとの懸念も、先の「超低率」、「ITの発達」という2つのファクトから払拭することができる。
日本が世界の援助潮流をリードできるか
日本で国際連帯税の議論が飛躍的に進んだきっかけとして、「国際連帯税創設を求める議員連盟」が発足したことは、すでに紹介したとおりである。
今年6月3日、この議連が高村外務大臣に対し、「開発資金のための連帯税に関するリーディング・グループ」への加盟を求める要請書を提出した。これは、国際連帯税を議論する場に日本として正式に参加することを意味する。これまで存在感のなかった日本が参加する意義は大きい。しかし議連の目標はこれにとどまらない。最終的には、日本がリーディング・グループ内に設置されることが決定している「CTDLタスクフォース」の議長国を“引き受ける”ことを目指している。
議連事務局長の犬塚直史氏によれば、リーディング・グループ内には、日本に対して議長国を引き受けて欲しいとの声があるという。フランスはグループ全体の議長国を担っており、他のヨーロッパ諸国は、EU全体のコンセンサスを取り付ける必要があるなど議長国引き受けには難しい面が多い。オーストリアやチリ、ブラジルなどが候補国になっているが、彼ら自身に、CTDLを推進していくためにはG8諸国に先導してもらいたいとの思いがあるという。
グローバリゼーションの恩恵を受けている人々から、グローバリゼーションに取り残された人々に富を再分配する国際連帯税・CTDLという考え方が、今後の援助潮流や経済秩序に対して大きな影響を及ぼすことが予想される中で、日本がこれを先導していくことができれば、それこそ歴史に残る偉業となるかもしれない。
ODA予算の削減が続く中、日本がCTDLを導入するメリットも大きい。国際連帯税による税収の使途については、各国の裁量範囲であることを考えれば、CTDLによる税収をODA予算として計上することも可能だ。もちろんこの点については、国際連帯税の趣旨を考慮し、MDGsの達成など、国際社会から賛同を得られるものに対して振り分けていくことが前提となるだろう。TICADⅣやG8北海道洞爺湖サミットなどで日本が主導した環境問題の財源とすることも一案かもしれない。
CTDLを日本で導入する場合、当然、国民からの理解が必要になる。犬塚氏によれば、実体経済を凌駕する取引が原油や食糧価格の高騰を引き起こし、世界的な規模で問題となっている現在、こうした投機マネーに対する日本国民の目も厳しくなっているという。ガソリンや生活必需品、食料品などの値上げが相次ぎ、国民自身が身近な問題として感じている今こそ、CTDL導入に向けた議論を高めていきたいと話す。
グローバリゼーションという大きな流れを止めることは現実的に不可能であるならば、どのように公平性を担保していくかという議論が重要となる。
これまでOECD・DACが中心となり築いてきた国際的な援助レジームとは別に、日本がこうした議論を先導し、グローバルガバナンスを模索していくことこそが、世界に向けた貢献であり、今後日本が国際社会に示し得るプレゼンスの一つとなるのではないだろうか。
(編集部 真田陽一郎)
『国際開発ジャーナル』(IDJ REPORT)2008年8月号掲載記事