日本に”国際人”がいない
JICA(国際協力機構)の理事長ポストがどうなるか、関係者は固唾(かたず)を飲んで見守っている状態です。それは、9月で任期切れが来るからです。緒方さんは、「マダム・オガタ」と呼ばれて、今や日本を代表する”国際人”です。その知性にプラスして経験(国連難民高等弁務官として世界中の難民保護、救済に献身した)がものを言っているわけです。それに、二国間ベースのODAの実施指揮官としての経験が加わりますから、まさに鬼に金棒とはこのことでしょうね。
ですから、緒方さんの威光で日本国の一援助機関(JICA)が世界中に知れわたるようになったわけです。しかも、緒方さんの時代にJBIC(国際協力銀行)の円借款部門をJICAに統合した新生JICAが誕生し、今や援助実施量で世界一になり、世界の関心をますます集めるようになりました。
その新生JICAの二代目を誰が引率するのか。それは内部的な関心のみならず、日本、さらに世界の関心を呼んでいるといえましょう。
財界にも候補者不足か
しかし、残念ながら、”国際人”という視点に立ったとき、私の知る限りポスト緒方は見当たりません。しかも、世の風潮は天下り反対ですから、個人的に優秀な官僚でも排除されます。それでは、財界人に目を転じても企業経営に優れていても、広い世界観をもった国家の運営に高い志をもつ財界人は、今の日本にいるかどうか、不安がつきまといます。かつて1969年には高杉晋一さんという三菱グループの総帥が海外経済協力基金(OECF)の二代目総裁に就任したことがありますし、また、JICAの前身でもあるOTCA(海外技術協力事業団)会長におさまった中山素平さん(当時の日本興業銀行会長)もいます。
異色な人としては、経済企画庁(局長ポスト)から民間人となって、初代の日本経済研究センター理事長になった大来(おおきた)佐武郎さん(筆者の恩師)がいます。大来さんは間もなく、先のOECF・三代目総裁に就任します。大来さんは70年代初めから「第2次国連開発の10年」を討議する国連開発計画委員会(座長=オランダのティンバーゲン教授)のメンバーになったり、世銀がカナダの元首相・ピアソンに委託した70年代開発戦略を探るピアソン委員会のメンバーになったり、今の緒方さんのような国際エコノミストの”国際人”として活躍しました。
しかし、今の日本にこうした人物は存在しません。だから、少しでも長く緒方さんにJICA理事長をお願いしたい、という流れが強いわけです。別な観点からは、偉大な国際人が理事長になったので、次の理事長ポストの水準も高くなり、その人材発掘が難航しているといえますね。
財界人の条件
望みは財界出身者が現在の視点では適切な人選ということになっていますが、適切な人物がなかなか見つかりません。仮に見つかったとしても、待遇(給与)が比較にならないほど低くて魅力を失っています。もっとも、それでも国家のために貢献しようと決意しても、在外公館の大使職とは違って、援助政策、援助実施のノウハウにある程度精通しなければならないので、足踏みしてしまいます。もし可能だとしたら、日本郵政公社のように民間人トップの周辺にトップを補佐するベテランを数人加えるといった特別な対処をほどこさない限り、民間人理事長の誕生は難しいでしょうね。
一方、国連経験の民間人でも国連本部行政部門の経験だけではだめで、国連関係機関の現場責任者を経験した人物でないと、JICA理事長候補にはなれないと思います。
それでも、いずれ理事長ポストを決めなければなりません。どういう思い切った人事が行われるか、緒方理事長の胸中には意中の人がいるのでしょうか。これはという人物がいたら教えて下さい。
内部昇格の時代は来ないのか
次は、これからの話ですが、トップ人事は企業の場合、ほとんど内部昇格です。国の機関の場合は常に外部からトップをもってきます。それは歴史的に日本が官僚国家だったからですね。いつも天下り人事を行い、それをもって官僚への論功行賞にしてきました。明治政府が新しい国家をつくる時に考えた知恵ですが、これが霞が関の伝統になったといえましょう。
ですから、JICAなど国の機関では仕事人間だけを育てればよく、世界観、国家観にもとづく経営思想をもつマネージャーを育てる必要がなかった。しかし、これからは内部に内部人材の理事長昇格を可能にする制度設計をほどこす必要があってもよいのではないでしょうか。少なくとも理事長を運営面で補佐する専務職は内部人材を当てるべきでしょうね。そうした目標値が設けられると、心ある人は入団の時から目標設定ができて、組織が引き締まることになるかもしれません。そのためには、現行の職員人事の考え方をはじめ、各省天下りの役員人事システムも変える必要があるでしょう。
現行の人事システムでは理事長、副理事長への内部昇格者は出てこないですね。