コロナ禍を通じて見えてきた国際協力の未来

© 撮影:ギブソンまり子

 

インタビュー対象者

ビル&メリンダ・ゲイツ財団 シニアアドバイザー 馬渕 俊介さん
新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)は世界に大きな衝撃を与え、今もなおコロナ禍が続いている。ここでは、新型コロナがなぜ拡大したのか、それによる影響や終息に向けての協力の在り方をビル&メリンダ・ゲイツ財団の馬渕俊介さんに聞いた。さらにポストコロナの国際協力を担う人材像についても語ってもらった。(取材は2021年8月)

 


私は世界銀行で2014~2016年の西アフリカエボラ出血熱緊急対策など、サブサハラアフリカ地域の保健医療システム改善に長く携わり、2020年10月~2021年4月には、世界の新型コロナへの対応を検証し、今後のパンデミック対策に向けた改革を提案する独立パネルの事務局に参画していました。新型コロナがここまで拡大してしまったのには複数の要因があります。例えば感染経路について、エボラ出血熱は発症した人の体液に触れて初めて感染しますが、新型コロナは発症する前の潜伏期間中に、あるいは発症しても無症状な人からも飛沫・空気感染することが、対策を非常に難しくしています。一方で、独立パネルでは、新型コロナのパンデミック化はそれでも防げたと結論付けています。防げなかった背景には、国際システムの不備と各国における対応の遅れという"失敗の連鎖" がありました。

当初、中国での感染者の情報が中国からの正式な報告ではなく、新規感染症の国際的なモニタリングシステムを通してWHOに届いたのが2019年12月31日。それからWHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」とアラートを出すまでに1カ月かかっています。ここには動物や環境のサーベイランスを含む、新たな感染症の検知システムの整備不足や、中国のWHOへの報告の遅れ、WHOによる現地調査の遅れ、アラート発出の意思決定の遅れなど、「遅れの連鎖」がありました。その背景には、主権国家に対するWHOの調査権限の弱さや、加盟国に資金や事務局長の再選を依存するWHOの独立性の問題がありました。

加えてもう一つの大きな要因があります。2020年1月末のWHOのアラートの後、過去に重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)、エボラ出血熱を経験して緊急体制を整えていた数カ国以外、ほとんどの国が様子見の立場を取ったことです。その間も新型コロナはどんどんコミュニティに入り込み、3月に入って医療崩壊が目に見えてから各国が焦り出したのです。この1カ月を独立パネルでは"失われた2月" と呼んでいます。多くの国で、パンデミックへの課題意識が薄れていたのでしょう。

独立パネルは新型コロナを最後のパンデミックとすべく、新しい病原体の素早い検知体制の構築、WHOに対する国際原子力機関(IAEA)のような査察権限の付与、WHOの資金面の独立性向上、事務局長の再選の廃止、国レベルでのパンデミック対応体制の構築、それらの政治プロセスをリードする統治機構となるGlobalHealth Threats Councilの設立などを提言としてまとめ、2021年5月に発表しました。その内容は今年9月の国連総会、10月のG20といった国際会議の場で議論されます。そこから、パンデミック対策の国際的な仕組みができることを期待しています。コロナ禍にある今こそが大胆な改革のチャンスなのです。

終息に向けて地域力がカギに

新型コロナのパンデミックは世界中のあらゆるセクターに影響を与えました。経済の側面から見てみると、国際通貨基金(IMF)は2020年の世界のGDPのロスは約7%と試算しています。1929年の大恐慌レベルです。また、世界銀行によると2020年の1年間だけで世界で9700万人の人が新たに極度の貧困に陥ったとのことです。世界の貧困人口は、コロナ禍以前は順調に減っていたのですが、一気に5年前の水準に逆戻りしてしまいました。しかもパンデミック自体は終息しておらず現在進行形なのです。新型コロナの終息に向けて不可欠なのは、デルタ株を含む現存のウイルス株に有効なワクチンを、全世界にどれだけ速く普及させられるかということです。その上で各国がいかにマスク着用やソーシャルディスタンスなどパブリックヘルス上の対策をきちんと実行し続けられるかにかかっていると思います。ワクチンと感染防止策の組み合わせが不可欠です。

2021年8月現在、世界全体で7割のワクチン接種率に達するには、新たに44億人のワクチン接種を完了しなくてはなりません。そのうち20億人程度は1回の接種を終えているので、接種を全く受けてない人は24億人。それでも非常に大きな数です。その時に問題になるのが、ワクチン接種を巡る不平等です。欧米諸国は接種率が7割に近づきつつありますが、アフリカでは54カ国中2回の接種を終えた人の割合はわずか2%です。圧倒的な不平等ですし、ワクチンが普及する前にワクチンが効かない新たな変異株が出てくるリスクも高まります。そうした中で、ワクチンの供給に関しては、日本も大きく貢献している、先進国が資金を出し合い途上国向けのワクチンを一括購入する国際的な枠組み「COVAXファシリティ」が、2020年に誕生しています。ワクチン製造拠点の一つであるインドでの感染拡大などで遅れが出ましたが、ようやく今年の第3・第4四半期から相当数のワクチンが途上国に届く予定です。またアフリカでは、「アフリカ・ワクチン調達・接種タスクチーム(AVATT)」という地域メカニズムを設立して製薬会社と契約を結び、COVAXと並行して相当数のワクチンを独自に確保しています。

今後の課題は、各国のワクチンのデリバリーシステムの構築、ワクチンの到着と注射器や冷蔵庫などの供給のタイミングの調整、大量接種のためのシステムの整備、いかに人々のワクチンへの疑念を払って接種につなげるかなどになります。アフリカでは「アフリカ疾病予防管理センター(AfricaCDC)」というアフリカ連合(AU)の地域機関がアフリカ全体の調整機関として大きな役割を果たしています。設立から日が浅いためサポートが必要ですが、国際機関に加えて、各国と密に連携が取れる地域機関によるリーダーシップが終息へ向けて重要になってきています。

ポストコロナへの三つの変化

希望も込めてですが、国際協力はコロナ禍を経て三つの点で大きく変わってきていると思います。まず、国際協力は一部の思いを持った人がやることから、世界の最高レベルの人材が挑むものになるということ。パンデミックや地球温暖化など、人類や地球を脅かすグローバル課題の解決に向けた仕事に、より多くの多様な人材が集まるようになると思います。

二つ目は国連をはじめとする伝統的な国際協力のシステムに加えて、多くの革新的なメカニズム、アプローチが生まれてくるということ。例えば西アフリカでのエボラ出血熱流行の後、世界規模の流行の恐れのある感染症に対するワクチンの開発を進め、途上国でも入手可能な価格での供給を目的とする「感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)」という官民連携パートナーシップが設立されました。製薬会社とグローバルヘルスを効果的につなぐ仕組みです。またCOVAXはCEPIと官民連携でのワクチン調達機関であるGAVIが中心になっています。ビル&メリンダ・ゲイツ財団もこの仕組みをいろいろな形でサポートしていますが、その立ち上げの支援や、途上国でのワクチン接種を加速させる仕組みの設計などに、民間企業と一緒に取り組んでいます。また一般的な保健医療の世界では、遠隔医療のアプリ開発などに、民間企業も含めさまざまなプレーヤーがダイナミックに入ってきています。

三点目は途上国自身が援助におけるリーダーになることです。今回でいえば、国際メカニズムの課題が浮き彫りになる中、紹介したように、アフリカ連合を中心に地域組織によるアプローチが非常に活発になってきています。ある意味、日本の政府開発援助(ODA)が重視してきた「自助努力」のアプローチに近づいてきているのかもしれません。

政策形成をリードできる力を

日本人は途上国に寄り添って問題解決をするアプローチが得意です。ただ、そのアプローチやコンセプトを実際の国際システムとして組み上げていく政策形成の議論の場に日本人はほとんどいません。「この国際システムは今後こうあるべきだ」「そのためにはこういうことが成し遂げられなければならない」ということを専門性とビジョンを持って語れ、国際機関・組織・チームを引っ張っていく人に出てきてほしいと思います。

これまでは、途上国での現場経験を積んで国連機関で働くというキャリア志向の人がほとんどだったと思うのですが、それだけでは十分ではありません。留学も含め、多国籍な企業や団体でもかまいません、若い頃から国際的な環境に飛び込んで、日本的な価値観も持った上で国際チームをリードできるスキルを身に付ける。そういう挑戦を中学、高校、遅くても大学からやってほしいと思います。また、今後あらゆるプレーヤーが参画してくる国際協力の舞台で、公共と民間の間の壁を打ち破ったり橋渡ししたりする翻訳者的な人材、多彩なキャリアの人たちと柔軟に仕事ができる、多様な経験を積んだ人材が増えてくれればと思います。必ずしも援助の専門家である必要はないです。未来を担う人たちには、自分の道を自分で切り拓きながら、より大きな成長や世界に対するより大きな貢献をしていくことにやりがいを見出してほしいですね。

『国際協力キャリアガイド2021-22』掲載

 


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