皆さん、SEED-Netをご存知ですか。これを訳すと、ASEAN工学系高等教育ネットワークとなります。ODAでJICA人間開発部が実施しています。これは一口でいうと、ASEAN 10カ国の19大学と日本11大学が共同で工学系教員の資格向上と各大学間のネットワーク強化を目指しているもので、この目的に向かってASEAN 200人、日本300人という多くの教授たちが関与し、学術的な交流と人脈形成を行っています。
百年の大計
科学技術に強い日本の強味がいかんなく発揮されており、考え方を変えれば、日本にとって極めて戦略的な援助プロジェクトだといえます。欧米が百年の大計といえば、「教育事業」だと言います。その狙いは教育そのものというより、教育を通してヒューマン・ネットワークが形成されるからです。
欧米では人間関係の「信頼」の上に政治があり、経済があり、学問・文化がありますから、ヒューマン・リレーションとヒューマン・ネットワークはあらゆる面で超越した存在です。日本の政治家や実業家にはこうした教育のもつ戦略性に気付き、これを本気になって実行する人が少ないですね。
日本の二人の首相が推進
さて、本題に戻りましょう。そもそも日本が援助しているSEED-Netの始まりは、1997年にタイをはじめとするASEANに起こった経済危機が発端でした。経済危機が起こる背景には産業の脆弱性、なかんずく産業人材の質的な低さ、少なさがあるとされ、ASEANに一番多く企業進出している日本が、その産業人材育成に協力しよう、ということになったのです。日本らしい協力だと思います。
日本では橋本、小渕の両首相がこの協力をバックアップし、ASEAN 10カ国と協定を結びました。
信じられない快挙
欧米から見ると信じられないことです。ASEAN各国の人びとに大きな影響力を発揮できる教育事業に、しかも日本単独の協力に10カ国首相がこぞって調印することなど信じられないのです。それは彼らの過去の植民地経営から学んだ経験からくるものなのです。
ですから、米国のある大学からは、私の所に「日本はいつこの計画をやめるでしょうか」との質問がありました。もし、日本が手を引くならば、米国が肩代わりしてもよい、という信号を発信していると思います。
日本は博士をつくる
産業人材育成をもう少しフォローしますと、人材育成の根源は大学の教員にあります。教員のレベルが低いと、質の良い人材は育ちません。そこで、その根源にさかのぼって、教員の学問的レベルを引き上げるために、教員の修士号、博士号取得のための留学を支援しようというのがこの協力プログラムです。
博士号取得の留学でみると、①日本、②タイ、③マレーシア、④シンガポールという順序ですが、修士では①タイ、②フィリピン、③マレーシア、④インドネシアです。日本だけは最終の博士号取得のための留学に特化しています。
教育でも立ち上がるアジア
ASEANにとって、このプログラムの最大の利点は、これまでのタテ型留学(欧米留学)からヨコ型留学(域内教育者の留学交流)へ向かうことによって、アジア人によるアジア人の教育が一歩前進することだとみられています。
「アジアは世界の生産基地」とか「アジアは世界経済の生命線」とかいわれていますが、教育の面からもアジアは立ち上がろうとしています。おそらく10年もすると、日本の頭脳界に他のアジア頭脳が進出することも考えられます。その意味で、ODAを使ったSEED-Netはもっと重視されるべきだと思います。