日本財団 連載第4回 
ソーシャルイノベーションの明日 

写真:小・中学校教員になる奨学生に対し、それぞれの担当科目からアンコールワットなどの自国の文化・歴史施設を分析する国内スタディーツアーまで実施する

 

カンボジアで教育政策の一翼担う ―小学校100カ所建設、教員2,000人以上を輩出

 

国際機関から各師範学校生徒まで支援

 日本財団はカンボジアに対し、1980年に国連児童基金(UNICEF)を通じて初等教育復興プロジェクトを支援して以来、教育・医療・障害者支援などの分野で数多くの事業を支援してきた。累計支援額は約2,480万米ドルに上る。特に教育分野では、99年から100校の小学校を建設後、教育の質を向上するための人材育成支援へと移行。2004年からは、首都プノンペン、プレアビヒアやスタントレンなどを含む計5州から来る小・中学校教員養成のための師範学校の生徒2,000人以上に奨学金を提供した。地方の学校教育の質を向上するという点で、カンボジアの教育政策の一翼を担っている日本財団の支援とその成果について報告する。

教育格差是正のために

 カンボジアでは1990年代後半まで20年余り続いた内戦により、多くの教育機関が破壊され、多くの知識人の命が奪われた。90年代以降、海外から学校建設などの支援を受け、教育環境は改善されたが、依然として教員の指導力と教育水準の低さが問題となっている。都会と地方の間で、就学率や進学率など教育へのアクセスと質に格差が生じており、同国発展の阻害要因となっている。

 格差是正のため、日本財団は2004年から、貧困農村地域出身の教員養成学校生を中心に、生活補助の奨学金を支給した。彼らが教職課程で集中して学ぶ機会を提供することにより、教員の能力向上を目指すことを目的としていた。その結果、プノンペンを除くカンボジアの地方の州で働く教員を、1,300人以上輩出することができた。

 奨学生となるのは、プノンペン教員養成学校研修生である。彼らは、それぞれ故郷の小中学校の教員になるため、2年間の教員養成課程で学んでいる。人数は毎年、第1、第2学年で計約240人。教員研修生は政府から月額4万リエル(10米ドルに相当)を支給されているが、日常生活を維持するには十分な額ではない。食料確保のため帰省する研修生も多いが、勉学に影響を与え、交通費負担も生じる。奨学金事業を始めたのは、貧困農村地域出身の研修生が教員になるための勉強時間を十分に確保できるようにするためだった。

 カンボジアの教員としての自覚や誇りを持ってもらえるように、国内外の視察も実施している。世界遺産のアンコールワットを見たことがない学生もおり、彼らがクメール人としての誇りと自信を取り戻し、教員としてカンボジアの遺産を生徒に語られるように、在学中にカンボジアの文化・歴史について学ぶ国内ツアーを行っている。勉強と現実社会を結び付ける実践例として、ツアー後、各奨学生が担当する科目の視点から、視察内容を分析して発表する。成績優秀研修生には国外研修の機会も提供。約1週間国外の教育現場を視察し、カンボジアの教育事情を比較すると同時に、その国の教育方法を習得する。

 奨学金事業の長期的な狙いは、奨学生が教員養成学校を卒業し、現役の教員になった後、本人から学校の現状を聞き出し、現地のニーズに沿った教育の質を向上させる事業を展開することにある。実際に、教員養成学校を卒業した元奨学生への聞き取り情報に基づき企画した事業が、現在カンボジア政府の教育政策に反映されている。地方に赴任した教員から、教員・教材の不足やインフラなど都市部と地方の格差が指摘されていることを踏まえ、日本財団は支援先であるE d u c a t i o nSupport Center KIZUNA(以下、KIZUNA)と協力し、現地調査を実施した。電気のない地方で実施できる事業内容は限られていたが、調査を通じてトランジスタラジオを所有する学校・家庭が多くあることが分かった。そこで、教員となった奨学生がいる約40校の教員、校長、親、生徒、地方政府教育局関係者を訪問。現場のニーズについて聞き取りを実施した。その結果、日本のラジオ放送による教育番組というアイデアを活用し、ラジオ放送による外国語教育プログラムを実施することになった。

 本事業では、中学生を対象とした英語教育プログラムを制作し、スタントレン・プレアビヒア・プノンペンの各州で5校ずつ計15のモデル校を選び、教育省と各校の協力の下、09年から実施した。そして、教育省がモニタリングを行い、その成果について検証。受講した生徒の成績が顕著に向上したことが判明。この検証結果に着目したカンボジア教育大臣が、ラジオ教育プログラムをカンボジアの国定中学英語教科書に組み込みたいと強く要請した。日本財団とKIZUNAの主導により、本プログラムの内容を引き継いだ英語教科書(中学1~3年)を作成することになった。17年からラジオプログラムが新英語カリキュラムに統合され、新国定中学教科書を使用した授業が週3時間、ラジオプログラム授業が週1時間、それぞれ実施されている。

一人一人の教員への後押しを

 日本財団は今後も英語事業の経験を生かし、現場のニーズに沿った支援を行いたいと考えている。より新しい提案をしやすく、卒業した奨学生(現職の教員)主導でそれぞれの学校で教育の質の向上を目的とした取り組みを実施できる環境を整えるために、今後定期的に奨学生の同窓会を開く予定である。第1回目が今年10月に開催され、約520人の現職教員が集まった。カンボジア政府が自律的学校運営政策を進めている中、個々の教員の力が問われることになると思われる。日本財団としては、10年以上続いてきた教員養成学校の生徒への奨学金事業を最大限に活用し、現役の教員が教育の質向上のために、それぞれの学校で新たな波を起こせるよう後押ししたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

profile

日本財団  国際事業部 国際協力チーム  大谷 はんな氏

 島根県出身。国際基督教大学卒で、教育学専攻・開発研究副専攻。米国 ハーバード教育大学院国際教育政策プログラム修了。インド、ベナン、エチ オピアなどでの国際協力分野のインターン経験を経て、現在は日本財団国 際事業部国際協力チームで、ミャンマーおよびカンボジアの教育事業を担 当。趣味はヨガ
ご意見・ご感想はcc@ps.nippon-foundation.or.jpまで

『国際開発ジャーナル』2017年11月号掲載

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