日本財団 連載第5回 
ソーシャルイノベーションの明日 

写真:日本財団DIVERSITY IN THE ARTS企画展 会場風景

 

アートを通じ多様性の意義を伝える ―障害との距離を近づける展示会を開催

 

誰もが参加できる社会に向けて

 障害者支援は日本財団が長きにわたり進める取り組みであり、今春から開始した「日本財団DIVERSITY IN THE ARTS(ニッポンザイダン・ダイバーシティ・イン・ジ・アーツ:アートにおける多様性)」はその中の一つだ。誰もが参加できる“インクルーシブな社会”の実現を目指 し、障害者のアート活動を中心に据えて、多様性の意義と価値を広く伝えるプロジェクトに取り組む。各社会課題には関係者が固定化する課題が共通してあるが、本領域においては東京オリンピック・パラリンピックが行われる2020年を契機に、行政、企業、個人など応援者が増えている。日本財団では、多くの人々が参加者となり、さらなる新たな担い手や企画が生まれるよう、複数の企画の開催を計画しているところだ。

全国の取り組みを一つのうねりに

 障害福祉の現場で育まれてきたアート活動は、全国に数多くの現場があり、多様な取り組みの中で個性的な作品が次々と生まれている。互いが切磋琢磨してきたことから、作品や活動を指す呼称も、エイブル・アート、アール・ブリュット、アウトサイダーアートなどいくつも存在する。日本財団はこの実態を鑑みて、DIVERSITY IN THEARTSとして、現状から豊かな文脈を紡ぎ、人々がアートを通して多様な形で「障害」と出会い、身近に感じる機会創出を推進している。

 全国の関係者がそれぞれの取り組みを展開する現状の中で日本財団ができることとして、本事業では展覧会やフォーラムの開催、ウェブサイトやフリーペーパーを通じた積極的な情報発信、作品の収蔵管理や作品貸出などを進めており、9月には東京・六本木で「障害者芸術支援フォーラム」を開催。約600人が集まり、登壇者の議論に耳を傾けた。併せて、全国で他団体が主体的に企画するさまざまな取り組みも支援している。今年の現状として興味深いのは、最前線である現場の取り組みだ。展覧会に限定されず、デジタル・アーカイブや映像作品の制作、IoTの観点から考える障害者のクリエイティブな働き方や仕事づくりなど、取り組みが多様化している。

 その一方で、全国各地で引き続き多数の展覧会が開催されていることは事実である。特に、オリンピック開催を契機に本分野への支援も充実している現在、日本財団だからこそ可能な立ち位置や事業展開の在り方は問われている。展覧会の開催は日本財団が注力する取り組みではあるが、作品を展示するだけで満足せずに、展覧会が「障害との距離を近づける」場となることができるかを丁寧に計画することにこそ意義がある。

障害のある人と行きたい展覧会

 10月13日より19日間、東京・青山の複合文化施設スパイラルで、「日本財団DIVERSITY IN THE ARTS企画展ミュージアム・オブ・トゥギャザー」を開催した。全国のリサーチキュレーター10人の推薦を参考に、キュレーターのロジャー・マクドナルド氏と塩見有子氏が選出した作家の作品約500点が展示され、障害のある作家、現代美術家、そして今回は特別に香取慎吾氏が出展した。幸いなことに連日多くの方々に足を運んでいただき、会期中、来場者は約4万人を記録した。

 この展覧会の特徴は、多くの人々に開かれた展覧会を具体化したことだ。展覧会全体を通して、立場を超えて能動的に双方向で学び合うラーニングの姿勢や、誰もが展覧会に遊びに来られるようにとアクセシビリティーの実現を重要視して意思決定がなされた。これにより、企画当初から障害のある当事者と各専門家(キュレーター、建築家、編集者、デザイナー、福祉従事者、文化施設運営者など)が、この展覧会に多様な人が訪れ、豊かな時間を過ごすことができるよう、何度も議論を重ねて、たくさんの工夫がほどこされた。会場施設の建築に調和する展覧会全体のアクセシビリティーを考慮した会場構成のデザインや、会場周辺のバリア情報の発信、障害がある方とない方が一緒に参加してアートを楽しむ鑑賞プログラムの実施、展覧会開催中にカフェで提供される特別展覧会メニューの展開など、「障害のある方と行ってみたい」と思える場を目指した。

 同時に、障害と関係が薄い人からは、心地よい形で「障害に気づき、出会う」場となることを目指した。建築設計事務所アトリエ・ワンによる会場構成とキュレーションの相性も良く、展示作品同士が対話するような展示や、多くの展示作品の素材に沿う形で段ボールの展示壁や展示什器、椅子が提案され配置され、開放的で健やかな空間となった。さらに、展覧会のロゴや無料で配布されたハンドブックも会場構成に沿う形で制作され、それぞれの要素が複線的に影響し合う形で一つの展覧会が準備された。最終的には、会場施設のスパイラルが積極的に展覧会に参画し、柔軟に受け入れて対応し続けたことや、会期中に現場の声に耳を傾けて日々改善を重ねる運営を進めたボランティアによる血の通ったサポートがあり、良い形で展覧会の結実が可能となった。

 この展覧会を含め、「日本財団DIVERSITY INTHE ARTS」がクリエイティブな側面から「障害との距離を近づける」場や手段と関わり、新しい障害福祉との関係性の構築やそのサポート、さらなる飛躍の一助となるように事業を展開していく。そのためには、越境を恐れず大胆に行動することと併せて、本質を失わないことのバランスが要となる。豊かな経験とノウハウに富む現場と新しい参画者の出会いや仕組みの糧となれるよう、引き続き現場に耳を傾けながら模索したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

profile

日本財団  国内事業開発チーム   溝垣 春奈氏

 学生時代に出会った書籍『チェンジメーカー』(渡邊奈々著)をきっかけにソ ーシャル・イノベーションに関心を持ち、ニューヨーク大学大学院に国費留学 しアートマネジメントを学んだ後、2010年に日本財団入職。以来、主に障害 福祉分野のアート活動に係る事業を担当し、美術館整備、人材育成、展覧 会の企画運営、収蔵作品の管理などに携わる。趣味はフルート演奏。
尊敬 する芸術家はイサム・ノグチ

『国際開発ジャーナル』2017年12月号掲載

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