写真:世界のハンセン病回復者と若者が対話する「ワールドカフェ」。中央はインドの回復者
ハンセン病を通じて生を考える ―第3回「THINK NOW ハンセン病」キャンペーンを1月に開催
人生の転機
「私たちは家族に見捨てられた存在。一緒にいてくれるだけでいい」。中国の山奥にある村で、ハンセン病回復者(元患者)と出会った。ハンセン病は、「らい菌」の感染により引き起こされる慢性の感染症だ。罹患者の多くは隔離された施設や村、島へ追いやられることが多い。大学を卒業する直前の2008年に訪れたこの村も、周囲から隔離されていた上、住民の高齢化も進んでいた。
それから10年。私は今、日本財団でハンセン病支援事業を担当している。日本財団は世界保健機関(WHO)や各国政府、国際機関、NGOとの連携の下、ハンセン病の制圧活動に40年以上携わってきた。その一つとして、1995~99年、世界のハンセン病罹患者すべてに多剤併用療法(MDT)で使用される薬剤を無償で提供した。MDTは、WHO推奨の薬剤であるリファンピシン、ダプソン、クロファジミンを併用する治療法で、最も安全かつ再発率の低い治療法として知られている。現在、この活動は(公財)ノバルティス科学振興財団によって引き継がれ、世界中の地方保健センターを通じて無料で配布され続けている。
しかし今なお、世界のハンセン病新規患者は年間20万人に上る。患者が最も多いインドでは、患者・回復者の多くは差別により仕事に就くことができず、物乞いによって生計を立てている。同国では、家族に回復者がいたり、患者・回復者が暮らすコロニー出身というだけで、汚いもののように扱われたり、バスで乗車拒否されたり、家に火をつけられたりするのだ。
このため、日本財団はインドやブラジル、インドネシアを中心にハンセン病関連の病院やコロニーを訪ね、政府や医療機関に回復者の生活向上を含めた対策強化を訴えるほか、患者・回復者の自立支援も行っている。また、2006年から毎年1月最終日曜日の「世界ハンセン病の日」には、「ハンセン病に対するスティグマ(社会的烙印)と差別をなくすためのグローバル・アピール」(以下グローバル・アピール)を世界に向けて発表している。各国の回復者代表や、国際人権機関、宗教指導者、財界リーダー、世界64カ国110大学の学長、各国の医師会および法曹協会などが賛同者として名を連ねており、12回目を数える18年は、インドで発表する予定だ。グローバル・アピールは過去二度、日本でも発表した。
日本が抱える問題
日本は戦前より国策としてハンセン病の根絶を掲げ、患者に断種、堕胎、中絶を強要してきた。さらには、ハンセン病(らい)の拡大を防ぐためとして、「らい予防法」の下、患者の隔離なども推し進めた。近年、治療法の発見によりハンセン病は治る病気となり、らい予防法も廃止されたが、隔離されていた人の多くは今もなお故郷に戻れず、亡くなった後も家族と一緒のお墓に入ることができないでいる。
この歴史を二度と繰り返さないため、若い世代が彼らの歴史を紡ぎ、1人でも多くの人がハンセン病について知ることが必要だ。だが現在、全国の国立ハンセン病療養所で暮らす入所者1,468人の平均年齢は85歳を超え(2017年5月時点)、その数は減り続けている。今のタイミングを逃せば、当事者からの話が聞けなくなるかもしれない。この年が最後のチャンスである。
無関心な人にこそ参加を促す
「世界ハンセン病の日」に、日本財団がグローバル・アピールのほかに実施している「THINKNOW ハンセン病」キャンペーンをご存知だろうか。本キャンペーンは2015年、私を含む日本財団職員が秋葉原や渋谷などの街頭で、「今日は世界ハンセン病の日です。ハンセン病の差別を無くすために動画メッセージをください」と声を掛けたことから始まった。当初は、寒空の下、道行く人は足早に通り過ぎていったが、声を掛け続けるうちに「何かの役に立てれば」とメッセージをくれる人が現れ始めた。学校帰りの中高生など、若い人がメッセージをくれたのも大きな励みになった。最近ではマツコ・デラックス氏や壇蜜氏ら多くの著名人も賛同してメッセージをくれるようになり、その数は1,700人にまで増えている。
ほかにも、さまざまな切り口でハンセン病を知ってもらうためのイベントを開催している。特に、ハンセン病患者や回復者が執筆した本や、ハンセン病について書かれている本の書評を競い合う「ハンセン病文学ビブリオバトル」や、世界の回復者と日本の若者が対話する「ワールドカフェ」は、ハンセン病にあまり関心のない人も巻き込んだ新しい取り組みだった。それまでのイベントは、いつも同じ顔ぶれが集まっていた。
3年目を迎える2018年は、関心の低い人々にも参加してもらえるようなイベントを行う団体の活動を支援し、横のつながりを深めていきたい。なぜなら、全国ではさまざまな団体がハンセン病に関するイベントを実施しているが、お互いの活動を知る機会少なく、横のつながりが薄いからだ。
マツコ氏が動画メッセージで「ハンセン病は全ての差別の縮図。差別や偏見は知らないこと、無知であることから始まる。知らないことが人の恐怖心を起こさせ攻撃的な行動に駆り立ててしまう。知るという行為が、全ての差別を無くす光明になる」と語るように、ハンセン病への差別や偏見を無くすことがすべての差別や偏見をゼロにする契機になる。読者の皆さんも日本発のこのキャンペーンを一緒に盛り上げてほしい。 *「THINK NOW ハンセン病」キャンペーンの詳細は、http://leprosy.jp/thinknow/ を参照。
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profile
日本財団 特定事業部 特別事業運営チーム 日高 将博氏
立命館大学文学部東洋史学科卒業。商社を退職後、ハンセン病患者が隔離されている村で活動するため、中国のNGO「家-Joy In Action-」に所属。英バーミンガム大学国際開発学修士課程を経て2014年、日本財団に入職。現在はインドネシアやブラジルのハンセン病制圧事業を担当する傍ら、山を改装し森の音楽祭などを開催する「Bamboo Space Project」や日本各地のハンセン病療養所を巡るツアー「BURARI」などを主催
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