日本財団 連載第10回 
ソーシャルイノベーションの明日 

写真:インドから参加した「We Are One」の演技。このチームは聴覚障害者らで構成されており、これまでも世界の10都市以上で公演を行っている

 

真の「インクルーシブな社会」に向けて ―アジア太平洋障害者芸術祭「True Colours Festival」 が目指すもの

 

多様性の国シンガポールで開催

 2018年3月23日~25日、シンガポールで日本財団と国連教育科学文化機関(ユネスコ)の共催による国際的舞台芸術祭「True Colours Festival」が開催された。アジア太平洋地域を中心とする約20カ国から一流のアーティスト達が集まり、ダンスや歌、楽器演奏を披露したが、彼らの多くは視覚や聴覚、身体などに障害を抱えている。

 世界銀行と世界保健機関(WHO)の推計によると、アジア太平洋地域における障害者の数は約6億5,000万人に上るが、その大半は周囲からの偏見や差別にさらされ、教育や就業などさまざまな場面で社会参加の機会を奪われている。障害者の参加と平等を実現するためには、彼らが本来持つ能力と可能性に社会の目が向くよう促していく必要があり、芸術の側面から彼らの卓越した能力に焦点を当てたのが、この芸術祭だ。

 開催地となったシンガポールは、歴史的に多様な民族を抱え、民族の融和を重んじる国だ。アジア太平洋地域における情報発信の中心地でもあり、この国で芸術祭を実現できた意義は大きい。現地では、世界各国で障害者によるアート活動を支援するVery Special Arts Singapore(VSA)という慈善団体が中心となりイベントを運営した。さらに、準備委員会には日本財団とユネスコ、VSAの他に、バンコクを拠点に活動するアジア太平洋障害者センター(APCD)が協力団体として加わり、障害者自身の声を聞きながらすべての人が楽しく参加できる芸術祭に向けた話し合いを重ねた。

 そうして迎えた芸術祭は、シンディ・ローパーの「True Colors」という曲に合わせて演出された。冒頭で、複数の出演者が「雨に唄えば」を交互に唄い踊り、フィナーレでは出演アーティスト全員と特別支援学級の子どもたち約100人が「True Colors」を合唱した。「True Colors」には「True colors are beautiful. Like a rainbow」という歌詞がある。その様子はまるで、冒頭で降った雨が情熱的な演技の数々によってあがり、最後に色とりどりの虹がかかっているようであった。

アーティストとの対話も

 このほか、初日にはシンガポールのハリマ・ヤコブ大統領が臨席し、メインコンサートは3日間でおよそ1万人の観客を集めた。会場周辺の特設ブースでは、ダンスや歌だけでなく、障害者アーティストが描いた絵画の展示やパラスポーツ(障害者スポーツ)体験、視覚・聴覚障害者の体験コーナーなどのイベントも企画され、その一つとして日本財団とユネスコの共催による出演アーティストとのダイアローグ・セッションも行われた。アーティストの一人であるモーリシャス出身の歌手ジェーン・コンスタンスさんは、生まれつき目が見えない中、5歳から音楽を始め、現在はユネスコ平和音楽家として障害者の権利促進のため活動している。彼女は、「障害があっても、そこから可能性を見つけることが大切。将来は弁護士になり、同じく障害を抱える人たちを助けたい」と笑顔で語った。会場からは拍手が沸き起こり、「私たちは、私たちが置かれている状況、自分自身の存在にもっと誇りを持つべきだ」と、声が上がった。

東京パラリンピックの2020年を節目に

 日本財団は2006年から、ラオス、ベトナム、カンボジア、ミャンマーなど東南アジア諸国連合(ASEAN)各国で障害者芸術祭を開催してきた。今回は20年の東京パラリンピックに併せて東京で開催される「国際障害者舞台芸術祭(仮称)」のプレイベントとなる。このため、参加者の対象地域をアジア太平洋にまで拡大したほか、芸術祭の目的も単に「障害者の能力開花」とするのでなく、「インクルーシブな社会の実現」という大きな目標も描いている。

 さらに今回は、VSAフェスティバルディレクターであるオードリー・ペレラ氏の提案により、芸術祭のタイトルに「Disabled Artistes」という単語をあえて含めず、アーティストがどのような障害を持っているかの紹介もプログラムで説明するのみにとどめた。というのも、障害者芸術祭のような「障害者」に焦点を当てたイベントは、時に批判されることもある。また障害者たち自身も、「障害者なのにすごい」と評価されることを望んでいないはずだ。ペレラ氏も、同様の思いを抱いていたからこそ先のような提案をしたのだろう。

 障害者を障害者たらしめている原因は、その人個人ではなく、社会にある。これは、国連障害者権利条約の基礎ともなっている考え方だ。現在の社会は、すべての人が本来持っている「True Colours」を隠して生きることを強いている。むしろ、ありのままの自分を出さない方が楽に感じてしまう社会だ。そうした生活は息苦しくもあり、その「息苦しさ」がいつの間にか「生きづらさ」となって、障害者含めすべての人が心や身体に“傷”を抱えるようになってしまう。そうした中、「私たちには傷がある。けれどそれを隠さず懸命に生きている本当の私を見て!」という大きな叫びが、この芸術祭の根底にあるのだ。

 今回の芸術祭では、ほとんどのグループが障害者アーティストのみで構成されていた一方、日本から出演したチームは障害者と健常者の合作による演技を披露した。彼らが共に一つの作品を創り上げていく姿を見ると、社会の側に存在する障壁を取り除く上で、芸術が持つ可能性を感じる。

 日本財団は、2020年という年を、多様性を受け入れるインクルーシブな社会の実現に向けた節目の年に位置付けている。そこからこぼれ落ちてしまう人たちにこそ目を向け、すべての人の「True Colours」がなくてはならない色として社会を彩るよう、引き続き模索しながら活動を続けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

profile

日本財団  特定事業部 福祉特別事業チーム   内山 英里子氏

 早稲田大学法学部を卒業後、同大学政治学研究科にて修士号を取得。国際法を専門に学ぶ。2016年に(公財)日本財団に入会し、主に子どもの社会的養護および東南アジアの障害者支援を担当

『国際開発ジャーナル』2018年6月号掲載

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