日本財団 連載第11回 
ソーシャルイノベーションの明日 

写真:海洋観測研究者の育成とネットワークの構築のための人材育成事業のフェローたち

 

海の世界の人づくり ―組織・分野・国を超えた連携を促す

 

海底地形図で未知なる海の解明目指す

 ウナギの高騰、サンマやアジの不漁など、私たちの日常生活の中で海の変化や問題に気付かされることが多くなっている。こうした“食”の問題は、生活に直結するため関心を持ちやすいが、海ではこれ以外にも気候変動に伴って生じる生物多様性の喪失や、海の環境そのものが大きく変わってしまうといった問題が地球規模で進行している。例えば、地球上の半分以上の酸素は海が作りだしているとされており、海の環境が変わると酸素の総量が減少する可能性がある。そうなれば、海辺で気持ちよく散歩することもできなくなるだろう。

 それほどにスケールの大きな問題であるにも関わらず、人々の海への理解や関心は未だに低いままだ。さらに、海の問題はさまざまな要素が複雑に絡み合っているため、政府や国際機関、民間団体、企業、研究機関などのあらゆる関係者が政治や科学、経済、法律などのあらゆる分野を超えて連携・協調しなくては、問題解決の糸口すら見えない。

 そうした中、日本財団は2017年8月、未知なる海の解明に向けて30年までに海底地形図の完成を目指す国際プロジェクト、「Seabed2030」を立ち上げた。海底地形図は、津波などの予測や新たな海洋資源の調査・発掘など、海の新たな可能性を探求するのに必要不可欠な情報だ。しかし、月や火星の表面が100%解明されているのに比べて、地球上の海底の地形は未だに15%程度しか明らかにされていない。このためseabed2030では、政府をはじめとする多様な関係者が、それぞれ所有する海底地形のデータを収集・共有するとともに、水深1万mにも及ぶ海底の観測、データ収集・分析をするための新たな技術開発を行っている。

9つの奨学生事業で人材を育成

 seabed2030のような取り組みを推進し、海の問題を解決するには、“人(人材)”がカギになる。つまり、分野や組織を超えて俯瞰的な視点で問題を捉え、さまざまな人を巻き込みながら革新的なアイデアと行動を起こせる人材だ。この信念の下、われわれは30年以上にわたり、多くの国際パートナーと海に関するさまざまな分野で人材育成(奨学生事業)を展開してきた。

 現在、9つの事業に取り組んでおり、このうち国連の国際海事海洋法課(DOALOS)との事業では、国際海洋法条約をはじめとする国際海洋法に関する人材を育成している。また、マルタ共和国にある国際海洋法研究所(IMLI)との間では、各国の海事行政を担う行政官や外交官を対象に、国際海事海洋法に関する修士号を取得できるコースを提供している。

 法律以外の分野では、海図または海底地形図を作成するためのプログラムを国際水路機関(IHO)と実施している。さらに2011年には、カナダのブリティッシュコロンビア大学をはじめとする世界17の大学・研究機関と共同で「ネレウスプログラム」も立ち上げた。海神ネレウスにちなんで命名されたこのプログラムでは、“2050年の海の未来を予測する”というスローガンの下、海の問題を政治、経済、科学、人文学、海洋学や法律など、あらゆる分野の専門家が連携して研究を行っている。これらの人材育成プログラムの対象者は、海洋行政や法整備が未だ不十分な国の行政官や外交官、研究者、科学者、学術関係者など多岐にわたり、その数は実に世界140カ国1,200人以上に及ぶ。彼らは現在、各国で海洋行政・法整備、海洋管理の研究など、重要な役割を担っている。

事業後も新たな国際ネットワークを構築

 次なる課題・目標は、140カ国に散らばる1,200人以上のフェローを有機的につなぎ、そこから生まれる新たなネットワークを拡散していくことだ。領海問題などの政治的な論争抜きに、人材育成事業を通じて“同じ釜の飯を食べた”もの同士、組織や国を超えて海のために力を合わせることができる。そのことこそが、私たちのフェローの強みでもある。そうした発展的な取り組みをここで紹介したい。

 2017年10月23~24日、ジョージアの首都トビリシでは、先に述べた人材育成事業のうち4つのプログラムのフェローが「同窓会(アルムナイ)会合」を開いた。参加したフェローは約30人。黒海およびカスピ海周辺10カ国(ブルガリア、アゼルバイジャン、イラン、ウクライナなど)から集まっており、会合ではこれら地域が直面している海洋環境や海上境界画定などの問題にフェローとして何ができるか、また、持続可能な開発目標(SDGs)の目標14の推進にどのように貢献できるか、議論した。

 ほかには、17年11月、XPRIZE財団がノルウェーで主催した、海底観測やデータ収集に関する先鋭的な技術を競い合う国際コンペティション「Shell Ocean Discovery XPRIZE」において、海底地形図に関する人材育成プログラムのフェロー11人がチームを組成し、参加した。彼らが開発したのは、「SEA-KIT」と呼ばれるリモート・センシング(遠隔探査)を行う小型の観測船を母船から深海に向けて投入できる技術だ。チームは2018年10月から開始される決勝ラウンドに勝ち進んだ。Seabed2030の実現には、データ共有・収集と技術革新の両輪が必要になる。この技術革新の部分において、われわれのプログラムで学んだフェローたちが協働し活躍しているのは大きな意義がある。

 組織や国といった垣根を越えて多様な関係者と連携・協調し、そこから生まれる独創的なアイデアや発想を具体的なプロジェクトや取り組みへとつなげていく。これを積み重ねることで私たちの海が守られ、美しい海が未来の子供たちに引き継がれていくことを、日本財団は目指している。

 

 

 

 

 

 

 

 

profile

日本財団  海洋事業部 海洋チーム   有川 孝氏

 海外人材育成事業など国際的な海洋問題に対する取り組みを中心に担当している。自身も人材育成事業の一つであるIML(I マルタ)で学んだフェローの一人。海上保安庁、民間の船会社を経て、2013年、日本財団の一員となる

『国際開発ジャーナル』2018年7月号掲載

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