写真:在キューバ日本大使館で行われたキューバ国立美術館への寄贈式典。右から4人目は藤村大使(2019年4月24日撮影)
本でつなぐ日本と世界 -日本の図書を世界に届ける「READ JAPAN」
海外の知識層における日本理解を促進
近年、日本政府はアニメやマンガを活用した広報文化外交を積極的に展開している。そうした中、2018年の訪日外客数は前年比 8.7%増の3,119 万2,000人と、日本政府観光局(JNTO)が統計を取り始めた1964年以降、最多となった。一方、諸外国におけるオピニオン・リーダーや知識層(とその予備軍)の日本に対する理解・関心度は、必ずしも高いとは言えない。このため、彼らにも届くような情報発信の強化が必要とされている。
情報発信の媒体としてはTVやアニメ、新聞、インターネットなど、さまざまある。中でも、特定の問題を追求するのに優れた媒体の一つが、書籍だ。そこで日本財団は、日本に関する英文図書100冊を海外の団体・個人に寄贈する事業を2008年度に開始した。この活動は現在、「READ JAPAN」というプログラムとして実施されている。より多くの日本関連図書を届けるべく、図書の寄贈に加え、翻訳者の育成や翻訳出版、東京国際文芸フェスティバルなどの国際文芸祭を通じた国内外の出版交流など、事業を多角化してきた。
世界970の図書館などに寄贈
READ JAPANの活動のうち、最も長く実施しているのが図書寄贈事業だ。2019年度で11年目を迎える。5月時点で、世界の約970の大学図書館、公共図書館、シンクタンクなどに寄贈してきた。
日本のさまざまな団体がこれまで行ってきた寄贈事業は、日本研究の促進が主な目的であった。このため、寄贈図書も日本関連の教科書や学術書が中心だった。他方、READ JAPANは日本研究を専門としない人々も対象にしており、「現代日本をよりよく理解する材料」という視点で寄贈図書を厳選している。具体的には、プログラム開始前に政治・国際関係、経済・ビジネス、社会・文化、文学、歴史などの分野で傑出した日本に関する英文書籍を100点選出し、図書の概要や書評を入れたカタログを作成。希望者は100点の中から図書を選んで申請し、審査を経て寄贈先が決まる。寄贈先には、英語を母国語としない国も多く含まれるが、例えば中東地域ではもともとアラビア語の日本関係図書が少なく、英語の書籍も米国関連の図書は入手が難しい場合もあるという。政治的にも良好な関係を築いている日本関連の図書であれば、検閲もなく受け入れが可能な場合が多いそうだ。また、台湾のような日本政府が積極的に介入できない地域でも、民間財団だからこそできる支援として、こうした寄贈事業を展開している。引き続き、支援が行き届いていない国・地域の開拓をしていくつもりだ。
この事業を実施するにあたっては、言語の問題がある。日本語で書かれた図書を読むには高度な言語能力が求められる。世界各地で日本語学習の支援は行われているものの、学習環境が十分に整備されているとは言い難く、海外の人にとって日本語の習得は容易なことではない。このような背景から英文図書を寄贈している。
寄贈図書も、来年度より種類を増やす予定だ。現在寄贈しているのは、2007年に政治や経済、文化など多様な分野で日本を良く知る国内外の専門家10人からなる図書事業委員会が選定したもので、絶版図書も増えリニューアルが必要となっているからだ。例えば、現在は写真や絵画を取り扱う図書は含まれていないが、リニューアル後は視覚的にも日本の美や文化を感じてもらえるようなタイトルを取り揃える予定である。
専門性高い翻訳者を育成、翻訳出版では重版も
このほか、寄贈事業に次いで始めたのが、翻訳出版と翻訳者の育成事業だ。書籍の翻訳には、言語の違いだけでなく、日本と海外の出版プロセスの違い、文化の違い、時差など、さまざまな壁を乗り越えるための情熱や苦労がなければ成立しない。だが海外では、日本の書籍を翻訳できるほど日本の言語や文化、習慣に精通している翻訳者や編集者は決して多くはないという事情もある。
このほか、寄贈事業に次いで始めたのが、翻訳出版と翻訳者の育成事業だ。書籍の翻訳には、言語の違いだけでなく、日本と海外の出版プロセスの違い、文化の違い、時差など、さまざまな壁を乗り越えるための情熱や苦労がなければ成立しない。だが海外では、日本の書籍を翻訳できるほど日本の言語や文化、習慣に精通している翻訳者や編集者は決して多くはないという事情もある。
高い専門性と技術を持つ翻訳者の育成事業では、言語は英語とし、取り扱う分野は学術と文芸とした。厳しい翻訳出版の世界を熟知している経験豊富な人材が集まる大学と連携しており、学術分野ではロンドン大学東洋アフリカ研究所(SOAS)、文芸分野ではイーストアングリア大学英国文芸翻訳センター(BCLT)と協同で、翻訳者育成プログラムを開発した。また、支援先をNational Centrefor Writing(WCN)に移し、このプログラムに参加した翻訳者によって、10タイトル以上の書籍が翻訳・出版され、一部は重版となった。翻訳出版の中で重版に至るのは、非常に珍しいことだ。
パートナーは大学機関に留まらない。豊富な経験と情熱を持ち、日本の作品を海外に紹介しようと翻訳・出版や海外でのプロモーション活動を行っている翻訳者の柴田元幸氏(東京大学名誉教授)と、同じく翻訳者のテッド・グーセン氏(ヨーク大学教授)が中心となり手掛けた文芸誌『Monkey Business』の出版支援も行った。残念ながら、翻訳者の育成含め、これらの支援は一旦終了している。だが現在、新たなプログラムを開発中だ。このほか、2011年に起きた東日本大震災のチャリティー出版事業として、『それでも3月は、また』(講談社)、(英語名『March wasMade of Yarn』)を出版し、売り上げの一部を復興支援に活用した。
READ JAPANに限らず、このような文化事業は短期的成果や数量的評価には馴染まず、長期的な計画に基づき資金と時間、そして人材を投下し続ける必要がある。個々の読書経験がいつか実体験に繋がり、本と人の架け橋から人と人、国と国との架け橋に発展していくことを期待したい。また、まだ海外に紹介されていない日本のコンテンツや十分にPRできていないコンテンツがたくさん残っている。これらのコンテンツを本という世界共通の媒体を通じて、世界の人々に届けていきたい。
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profile
日本財団 特定事業部 国際ネットワークチーム 齊藤 裕美氏
大学卒業後、旅行手配会社にて芸能ファンクラブ向け海外ツアーのコーディネーションや事務局長などを務める。その後、翻訳会社にて営業兼コーディネーター業務を担当し、さまざまな業界の文書の翻訳に携わる。2011年より、日本財団にてREAD JAPANプログラム・図書寄贈事業を担当。図書寄贈事業の他、国内外のパートナーと共に翻訳出版事業、翻訳者育成事業、国際交流イベントなども担当している
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