日本財団 連載第30回 
ソーシャルイノベーションの明日 

写真:測量データを解析する人材育成事業の卒業生

 

世界の海上保安機関の連携促す-グローバル化する海の危機に対応

 

IUU漁業対策や海面上昇などで高まる重要性

 気候変動をはじめとする人的要因により、海の危機は今や沿岸国や島国だけでなく、グローバルな問題となっている。こうした海の危機は、アジアや欧州といった地域レベルの連携や、政府開発援助(ODA)のような伝統的な枠組みによる途上国支援だけの対応ではもはや不十分な段階にきている。そうした中、各国の海上保安機関(コーストガード)が担う役割の重要性が増している。その一つが、違法・無報告・無規制(IUU)漁業に対する監視・取り締まりといった対策だ。近年、IUU漁業による漁獲量は世界全体の漁業生産量の約18%を占め、その被害総額は23億米ドルにも上るとされており、二酸化炭素(CO2)の排出や海洋汚染に並んで水産資源の枯渇の一因となっている。特に、海上保安機関による管理・監視体制が十分に整っていない太平洋島嶼国などでは、外国船によるIUU漁業が横行している。
 このほか、島嶼国における海面上昇への対応もある。海面上昇がこのまま続けば、マーシャル諸島やキリバス、ツバルなど、海抜の低いサンゴ環礁島ではいずれ人が住むことができなくなると予想されている。そうした事態を想定して、これら島嶼国の海上保安機関や近隣諸国を含めた各国の海上保安機関は、島民たちを他へ移動させるなどの備えをしていかなくてはならない。
また、規模も発生頻度も拡大している洪水や台風、竜巻といった自然災害への対応でも、“ファーストレスポンダー”である海上保安機関の役割は、より一層重要になってきている。

 

議論と学びの場をつくる

 こうした海洋危機に対してより効果的に対応していくためには、各国の海上保安機関のグローバルな連携と、各国機関の能力向上・人材育成が必要だ。そこで日本財団は、日本の海上保安庁と連携してアジアを中心にグローバル課題に関する最新の情報を共有して具体的な対応策を話し合う「国際的な議論の場」と、IT企業やNGOなど多様なステークホルダーも巻き込んでグローバル課題に関する先進的な取り組みを学び、新たな連携や枠組みを試行する「学びと実践の場」という、2つの場づくりに取り組んでいる。
 議論の場としては、2004年にアジア海上保安機関長官級会合を立ち上げた。参加国・地域は、東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国、日本、中国、韓国、香港、インド、バングラデシュ、パキスタン、スリランカ、モルディブ、オーストラリアだ。捜索救助、海洋環境保全、海上保安能力に関する人材育成などについて合同訓練やワークショップ の実施など実践的な連携・協力を推進した。日本財団は第10回まで支援を続けていた。 他方、学びと実践の場としては、2015年に政策研究大学院大学(GRIPS) と国際協力機構(JICA)と連携してGRIPS内に「アジア海上保安政策プログラム」という修士課程プログラムを開設した。これはアジアの海上保安機関で5年以上の勤務経験のある若手・中堅職員を対象としている。2007年にシンガポールで開かれた第3回アジア海上保安機関長官級会合において、国際的な視座に立った海上保安官の育成が必要であることが確認され実現したものだ。同プログラムでは海上保安に関する高度な実務能力とともに、政策立案のための分析・提案能力、国際的に活躍できるコミュニケーション能力を持つ人材の育成を目指している。

アジアから世界へ広がる長官級会合

 日本財団と海上保安庁は現在、アジアで積み上げた経験と実績を生かし、同様の取り組みを地球規模へと拡大させている。それが2017年に東京で開かれた世界初の「世界海上保安機関長官級会合Coast Guard Global Summit」だ。18年には海上保安機関の実務者を対象に人材育成や国際連携について、より深い議論を行う国際会合も開催した。長官級会合は、第2回が2019年11月20~21日、お台場で開かれた。75カ国から84の海上保安機関・関連機関が参加し、IUU漁業、海賊問題、人身売買や違法ドラッグの売買、災害対策などの課題について議論が交わされた。加えてチリ海軍および日本の海上保安庁からは、地震津波災害への対応と教訓、太平洋共同体(SPC)から海洋環境、気候、海の安全リスクに対する南太平洋地域の取り組みなど、先駆的な事例も紹介された。最終日には安倍晋三総理にもご臨席いただいた。総理は挨拶で「世界各国の海上保安機関の協力が盤石なものとなり、その下で平和で豊かな海となる。そんな新しい時代を皆さんが切りひらいていただくことを期待する」と本会合への今後の期待を述べた。議長総括では本会合がグローバルな連携と協力を発展させる重要な場であるという位置づけがなされ、先駆的な事例などを各国間で共有する取り組みに具体的に着手していくことが決まった。また本会合では、人材育成の一環として2020年秋にトライアルで2週間の人材育成研修を日本が中心となって実施することが決まった。研修では世界の海上保安機関の若手幹部を対象にIUU漁業や災害、違法ドラッグの売買といった課題に関する最新情報や動向を専門家と共有したり、IT企業など異業種の専門家が海洋課題の解決につながるテクノロジーを駆使した新たな手法を提案したりする。これらの学びを通じて各国の知識と能力の向上を図るとともに、今後の連携や国際協力のあり方を議論し、実践へとつなげていくことを目指している。海の危機への対応は待ったなしだ。海上保安の分野でもグローバルな形での連携・協力が求められている。日本財団は今後も海の最前線で活躍する多様な専門家との共同していくことで、母なる海を危機から救う一端を担っていきたい。

 

 

 

 

 

profile

日本財団 海洋事業部 本多 真紀 Vicky 氏

 カナダ出身の日系2世。ブリティッシュコロンビア州立大学卒業後、2005年に日本財団へ入会。開発途上国の教育や障害者支援などを経て、17年より海洋事業部で海洋をテーマとした専門家の国際会議やネットワークの構築事業などを担当

『国際開発ジャーナル』2020年2月号掲載

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