日本財団 連載第1回 
ソーシャルイノベーションの明日 

写真:障害者インクルーシブ防災を推進するために世界中から集まった仲間たち ©DiDRR

 

「障害者インクルーシブ」とは何か―メキシコ国連防災会議参加報告

 

注目が集まる「障害と防災」

 「障害者インクルーシブ」という言葉がある。障害者が暮らしやすい社会、ひいては誰もが安心して暮らすことができる社会をつくるということだ。例えば、最近、多くの駅で目にするエレベーター。社会から不当な扱いを受けてきた障害者自らが運動を起こしたことで設置が進み、それによって障害の有無に関わらず全ての人が、より快適で安全な暮らしを手にすることができるようになった。

 「障害者」問題は、「奴隷」、「難民」、「女性」、「子ども」問題に比べ国連の対応も遅れ、権利条約の採択は2006年と唯一、21世紀にずれ込んだ。しかし、昨今、障害者インクルーシブは15年の第3回国連防災世界会議(仙台市)で採択された「仙台防災枠組2015-2030」を皮切りに、持続可能な開発目標(SDGs)や、都市化と居住の国際指針「ニュー・アーバン・アジェンダ」など、課題解決の鍵として国際的にも重要視されつつある。本稿では、今年5月、メキシコのカンクンに180カ国以上から4,000人が参加して開かれた防災に関する国際会議「グローバル・プラットフォーム2017」(以下、GP2017)に出席して感じた現状と展望を中心に報告する。

 日本財団が防災の分野で障害者インクルーシブに本格的に取り組むことになったのは、11年に発生した東日本大震災の影響が大きい。同大震災で障害者手帳保持者の死亡率は、持っていない人の2倍以上だった。防災対策に障害者の視点が見過ごされてきたのが要因だ。この教訓から日本財団は、障害者の声を反映させた防災指針の採択を目指し、国内外の障害者団体と共に各国政府へ働き掛けた。結果、「仙台防災枠組」では、障害者が守られるべき「災害弱者」から、その視点を反映すべき重要な人材へと位置付けられた。仙台での会議から2年経ち、GP2017は同枠組みの進捗状況を点検・評価することを目的に開かれ、日本財団は「障害者インクルーシブ防災」の実践例を2点報告した。

障害者の参加なくしてインクルーシブなし

 1点目は、大分県別府市で進めている障害者の個別避難計画作りに対する支援。発災時、障害者が無事、避難するために、平時から地域住民とのつながりを強くしておく重要性を指摘した。
2点目は、インクルーシブな避難所の立ち上げと、これを運営する人材の育成だ。大災害ではいまだに障害者の受け入れを拒否する避難所もあると言われる。災害で直接死を免れた障害者が長引く避難所生活の中で命を失わないためにも、彼らのニーズを理解している人材は欠かせず、障害者自身が直接、避難所の運営に携わることが重要だ。

 GP2017に参加し、残念ながら、仙台防災枠組を実行に移している国や地域は少ないとの印象を受けた。防災枠組みは国連で採択された国際指針ではあるが、実質は努力目標にとどまり、法的な拘束力や強制力を持たないことが原因の一つにある。また、現行の国連制度では、障害者が公式に発言できる機会が少ないという点も挙げられる。国連会議は本来、各国政府が国際問題について議論する場であるが、1990年代に「メジャー・グループ」と呼ばれる9つの分野別グループを定め、政府間会合で市民が発言する機会を提供している。

 しかし、残念ながら障害者はいまだにこのグループ枠に含まれておらず、各国政府代表への働き掛けも難しい。しかし、当事者の参加なくして障害者インクルーシブの実現は有り得ない。さらに「防災分野における障害者インクルーシブの視点」と「障害分野における防災対策」の双方に精通する人材、特に障害がある当事者リーダーの不足が実行力の弱さにつながっている面もある。防災全体から見れば障害はまだマイナーなトピックであり、分野を横断した意見交換を重ねる必要がある。
また、防災対策の難しさは、いつ起こるか分からない災害に備え、日ごろから想像力を働かせて行動するところにある。しかし、大災害を経験し、高い防災意識を持つ障害当事者のリーダーシップは、災害大国の日本だからこそ期待できる分野でもある。

 他方、GP2017では新たな取り組みとして、移動式ロボットを活用した「遠隔参加」の試みを支援した。会議では、自国からロボットを操作して参加した米国、ベルギー、バングラデシュ、フィジーの障害者が発言する場面もあった。遠隔参加は、経済的理由や社会的背景などから実際に会議場へ足を運ぶことができない人たちにも、会議への参加機会を提供する有効な手段となり得る可能性を示した。

 国連会議では、発言者の選定に当たって地域やジェンダーバランスを配慮するあまり、本来、耳を傾けられるべき意見が排除されている面もある。遠隔参加を準備段階から導入・活用することで、国連会議がよりインクルーシブな場となるよう改善を望みたい。

一人一人に安心できる居場所づくりを

 障害者インクルーシブの本質は、会議への障害者の参加や国連の成果文書に「障害者」の記述が増えることではない。
彼らと向き合い、障害とは何かと考えることで初めて答えが見えてくるテーマだ。世界保健機関(WHO)によると、世界人口の15%は何らかの障害があるとされ、生涯に心の不調を体験する人は4人に1人に上るとされる。

 障害や生きづらさには誰もが直面する可能性があり、自身と障害者を“線引き”して生きることに意味はない。むしろ個々の中にある、あるいは起こり得る障害を受け入れ、家族に「障害者」がいることを隠さずに生きることができて初めて、人は楽になり、ひとりひとりが「安心できる居場所」を確保することにつながるのではないか。これこそが障害者インクルーシブの在るべき姿であり、目指すべき道と考える。

 

 

 

 

profile

日本財団  福祉特別事業チーム  粟野 弘子氏

 14歳で単身渡英。英国イーストアングリア大学開発学部卒業。テレビ局、 広報代理店勤務を経て、日本財団のアジアピースビルダーズ奨学金事業 の第5期生として国連平和大学でメディアと紛争解決を学ぶ。卒業後、日 本財団でミャンマーの平和構築事業に携わり、2015年から現在の部署で 主に海外の障害者支援事業を担当する。趣味は格闘技観戦。好きなボク サーはゲンナジー・ゴロフキン。
三度のごはんよりYouTubeが好き

『国際開発ジャーナル』2017年8月号掲載

コメント

タイトルとURLをコピーしました