日本財団 連載第7回 
ソーシャルイノベーションの明日 

写真:MTCスタッフによる乳幼児への予防接種の様子

 

少数民族地域に持続可能な医療を ―ミャンマー民政移管で浮き彫りになる診療所運営の課題

 

タイとの国境地域でも続く難民問題

 ミャンマーと難民―。この組み合わせは、昨今のラカイン州問題を通じて、いまや広く知られるものとなった。しかし、この国の難民問題はバングラデシュとの国境沿いにとどまらない。135もの民族を抱える同国では1824年、英国の植民地政策としてビルマ族と少数民族の分割統治が行われた。その結果、1948年の独立後、国軍と少数民族武装勢力との間では現在に至るまで紛争が継続している。タイとの国境地域には多くの国内避難民や難民が生じ、30年以上前にタイに設立された難民キャンプは今や9つに増え、約10万人が暮らしている。だが、紛争により衰退した国境地域の社会的基盤は、保健医療など生存に関わる領域において、いまだに深刻な様相を見せている。

 日本財団は、こうした少数民族地域の紛争被害者への復興支援を実施している。例えば、タイ北西部のメーソートにあるメータオ・クリニック(Mae Tao Clinic: MTC)に対しては、2012年より年間約1,000万円の助成を行っている。MTCは1989年の設立以来、国境地域の居住者を対象に無料で診療を行っているほか、医療人材の育成、さらには孤児院への食糧支援などの保健医療サービスも提供している。主な財源は各国のNGOや政府系機関からの支援で、日本財団の助成金は入院患者、特に栄養失調の子どもへの食事やその家族に対する栄養・衛生面の教育などに充てられている。

国内に移る国際支援

 2017年11月、MTCを視察した際、その規模の大きさに驚かされた。MTCを訪れる患者は、年間10万人を超える。その約半数がタイ国内に居住するミャンマーからの難民であり、残りはミャンマーで国内避難民となっている紛争被害者だ。彼らの越境には、多大な労力とリスクが伴う。人力担架で山を越え、軍による見張りの中、舟でモエイ川を渡る必要があるからだ。最近は、タイ政府による規制緩和によって国境の友好橋から越境もできるが、手続きが煩雑なことから前者の方法を選ぶ者もいまだにいる。MTCは、内科から外科、義足科に至るまで、さまざまな疾患を扱う棟が建ち並んでいるが、特に多くの患者で賑わっていたのは産婦人科だった。タイ国内に住む難民だけでなく、貧困やミャンマーの医療水準の低さといった理由から越境してきた妊婦も多く、毎年3,000人近くの新生児がMTCで産まれている。

 しかし、MTC職員の表情は暗かった。なぜなら17年、長年続いてきた米国国際開発庁(USAID)や英国国際開発省(DfID)からの大口支援が終了したことなどにより、18年度予算の約60%が不足しているからだ。これを受けて、MTCは現在、保健医療サービスの縮小や職員給与の20%削減、緊急性の低い医療行為にかかる金額の25%の自己負担の奨励など、予算削減および回収案を打ち出している。それでも、予算確保の目処は立っていないどころか、給与不足により多数の職員が離職し、医療人材の流出にも直面しているという。

 国際的な資金援助の大幅な削減は、11年のミャンマーの民政移管以降、支援対象がミャンマー国内へと徐々に移っていったことに起因する。この流れの中で、ミャンマー・タイ国境地域の紛争被害者の保健医療をこれからも支えていくことができるのか。明確な答えはまだ見つかっていない。

 私見を述べれば、助成金の増額により仮に予算不足が解消されても、それはあくまで一過性のものに過ぎない。外からの援助に完全に依存するMTCの運営体制が自助自立型に変わらなければ、いつまでも同じ問題に直面することになる。従って、単なる現行制度の継続ではない、持続可能な新しい枠組み構築の可能性を検討する必要がある。

国内の診療所と連携を

 一案は、MTCが行っている医療人材の育成と、日本財団がミャンマー国内で行っている事業との連携だ。日本財団は、タイに隣接するミャンマー・カレン州において、学校や診療所建設を通じた紛争地域の少数民族への復興支援を行っている。近年、これら診療所では職業訓練などソフト面の整備の必要性が高まっているため、そこにMTCから医療人材を送り込めば、MTCの知識や技術を移転することができる。そうなれば、これら診療所でも、MTCがこれまで対応してきたミャンマー国内(タイ国境付近)の紛争被害者へ保健医療サービスを提供できるようになるので、国境地域における保健医療の需要に引き続き応えることができる。ミャンマー国内の診療所は各地に点在する分、MTCの規模と比べると小さい。しかし、地元に根ざした診療所という小さな単位の中で、それぞれが運営の仕方を自助自立型に変えていくことができれば、MTCが育んだ医療人材という種がそれぞれのコミュニティーで芽吹き、MTCの理念を生かすことができるのではないだろうか。

 だが、課題となるのは医療ライセンスである。MTCの職員は独学で医療技術を習得しているため、正式な医療資格を有していない。このため、MTCで訓練を受けた医療従事者がミャンマー国内の医療施設で診療する資格を得ることができるかどうか、まずは実情調査を行う必要がある。その上で重要なのは、新たな制度を構築する際は、絶えず理念的な命題のもとでの実践が行われる必要があるという点である。現実における困難の直面は、そのまま理念の誤りを証明するものではなく、新たな事業の展開の萌芽を含んでいる。一事業担当者として、ミャンマーの復興および和平の進展という理念と照らし合わせつつ、MTCが抱える現実の課題への取り組みを調整し、持続可能な保健医療サービスを提供する仕組みを探っていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

profile

日本財団  国際事業部 国際協力チーム   中廣 遊氏

 早稲田大学国際教養学部卒業後、ニューヨークのNew School for Social Researchにて哲学の修士号を取得。2016年4月に日本財団に入職後、1年間の海洋チームでの経験を経て、17年7月より国際協力チーム へ。メータオ・クリニックへの助成事業のほか、主にミャンマー関連の事業を 担当している。

『国際開発ジャーナル』2018年3月号掲載

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