日本財団 連載第12回 
ソーシャルイノベーションの明日 

写真:TOOTH FAIRYによって建設された学校の待望の開校式。日本から駆け付けた歯科医師の姿を見て、感涙する村の人も

 

歯ブラシがつなぐ民と民の国際交流 -日本の歯科医師が変えるミャンマーの保健

 

歯医者さんが村にやって来た!

 「ミンガラバー(こんにちは)、チェーズティンバーデ(ありがとう)」「チェーズティンバーデ、Japanese Dentist!」

 2018年4月、ミャンマー南東部の農村地域、エーヤワディー管区のタイェッゴン村に、日本からやって来た一人の歯科医師を歓迎する声が響いた。軽快な打楽器の音色で奏でられる伝統舞踏の曲に合わせ、きらびやかな衣装を身にまとった子どもたちが歌や踊りを披露する。周辺の村の人々も詰め掛け、さながら地域を挙げたお祭りのようだ。歓待を受けている歯科医師の名は、瀬古口精良氏。日本の歯科医師により構成される(公社)日本歯科医師会の常務理事を務めており、会を代表してこの村を訪れていた。

 日本の歯科医師が、なぜミャンマーの農村を訪れたのか。事の発端は、9年前にさかのぼる。 2009年、日本財団は日本歯科医師会と共に、歯科医師による社会貢献活動「歯の妖精TOOTH FAIRY」を開始した。これは、不要となり取り外した金歯や銀歯などを歯科医師や患者に 寄附してもらい、これらを換金した資金を貧困や難病と闘う子どもたちの支援に活用するものだ。“抜けた乳歯を枕元に置いて眠ると、不思議な妖精が現れて乳歯を持ち帰り、その代わりにコインをプレゼントする”という西洋のおとぎ話がモチーフとなっている。2018年6月時点で日本国内の6,612の歯科医院が参加し、換金総額は約14億円に上っている。これらの資金は、ミャンマーの村落における学校建設事業にも活用され、これまで36校が建設された。

 ミャンマーにおいて日本財団は、1976年より山岳地帯の少数民族地域を中心としたハンセン病制圧活動を開始し、これを皮切りに平和構築や学校教育など70以上の支援事業を行ってきた。多岐にわたるこれらの取り組みで知見とネットワークを培い、今では現地の政府や企業、少数民族、市民から強い信頼を得ている。当初、活動の原資はボートレースの収益を主としていたが、近年は欧米諸国のような寄附文化を日本にも定着させようと広く一般からも寄附を募り、支援活動を行なっている。こうした中で、日本財団の活動に賛同の声を上げたのが、日本の歯科医師たちだったのだ。

動き出す地域の父母や教師

 TOOTH FAIRYでは、寄附だけでなく歯科医師の特徴を生かした活動も展開している。  その一つは、有志による口腔ケアの啓発ボランティアだ。年に1度、学校を建設したミャンマーの村々を日本の歯科医師が訪問し、歯みがき指導や口腔健診を行っている。2013年から始まり、これまで42人の歯科医師が現地を訪れた。

 訪問する村のほとんどは、著しい経済発展を遂げる商業都市ヤンゴンから遠く離れた山岳地帯にある。電気や水道などのライフラインは整っていない。そもそも歯磨きの習慣が定着しているかも疑わしく、靴磨きブラシのような大きい歯ブラシ1本を家族で共用している家庭もある。日本の歯科医師たちは普段の診療室とは異なる環境でのボランティア活動に悪戦苦闘しながらも、歯ブラシを片手に歯磨きのやり方から普段の食事や生活習慣の話、家族の話、さらには死生観や宗教観まで、話題が尽きることなく歓談する。そうするうちに、現地の人々の間に溶け込んでいく。

 医師や歯科医師が常駐していない村では、歯科医師の話に耳を傾ける母子の表情は、真剣そのものだ。参加した歯科医師の一人は、その後、現地の学校建設に携わるNPOを通じて、歯の磨き方を記したニュースレターを村で配布した。歯科医師が過去6度にわたり訪問し、指導を行った村々では、教師や父母らによって、子どもたちの歯磨きが励行されるようになった。

 TOOTH FAIRYにおけるもう一つの支援活動は、現地の歯科医師と連携した取り組みだ。ミャンマーでは、6,000万人近い人口に対して歯科医師が4,300人しかいない。これは1人当たり1万3,000人の患者を受け持つ計算となり、その負担は日本の歯科医師の10倍以上で、歯科医師の不足が深刻な問題となっている。その上、人口は増加し続けており、歯科をはじめとする保健衛生分野の課題に対応しきれていないのが現状だ。

 日本財団はボランティアの歯科医師らと共にミャンマー歯科医師会や同保健省と連携し、一部の学校でフッ素うがいによる口腔ケア指導を試験的に実施した。また、これまでに建設した学校も活用し、学校から家庭へ保健衛生の情報発信を実施するような新たな支援の取り組みも模索している。

望む未来へ、想いをつなぐ

 寄附は投資に似ている。どちらも自らの意思で、未来へ想いを託すものだ。そこには政府や非営利団体とは異なる市民の願いが介在している。市民一人ひとりが自分にできることで社会を変え、ソーシャルイノベーションの輪を作ることを目指す日本財団にとって、市民の願いを紡ぐ寄附やボランティア活動は、欠かすことができない支援活動だ。

 あるボランティア参加者の言葉が忘れられない。「決して豊かとは言えない環境の中で、笑顔で暮らす人々と触れ合い、本当の幸せとは何だろうと考えるきっかけを与えてもらった。今では1年に一度、ミャンマーの人々と膝を突き合わせて談笑し、共に子どもたちの健やかな成長を喜ぶことが、本当に楽しみなんだよ」と。

 生まれた国は異なれど、遠い向こうの誰かではなく、隣人の幸せを願い、喜びを分かち合う。民と民との交流だからこそ叶った日緬協力が、新しい未来を形作ろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

profile

日本財団  ドネーション事業部 ファンドレイジングチーム   小村 悠子氏

 2014年に日本財団に入会。ファンドレイザー(非営利団体での資金調達者)として、(公社)日本歯科医師会との協働プロジェクト「歯 の妖精TOOTH FAIRY」、自販機による寄付「夢の貯金箱」などの企画・推進を担当。
お問い合わせは、日本財団寄付総合窓口:0120-533-236(平日 9:00~17:00)まで。

『国際開発ジャーナル』2018年8月号掲載

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