写真:センターに届いた原料を洗浄・選別する周辺地域の農家女性たち
薬草栽培で少数民族地域を活性化 ―ミャンマー・カレン州で地場産業の振興を目指す
全国初の州政府との連携
ミャンマー南東部、タイとの国境に接するカレン州は、国土の4.5%程を占める約3万㎢の広さに、全人口のおよそ3%にあたる約157万人が暮らしている。ミャンマーには130を超す少数民族が暮らしているが、カレン州は中央政府と少数民族の間で長らく内戦が続いていた地域でもある。住民の7割以上が農業に従事しているが、年平均降雨量約4,000ミリの90%が雨期に集中して降るため、山間部の傾斜地においては、有機物や表土の流亡などが起きている。こうした脆弱な土壌および栽培環境に加えて、環境保全や栽培技術などに関する情報が限られており、生産性の低い農業を行わざるを得なかった。さらに、カレン州は水道・電気などのインフラも未整備で、ヤンゴンやタイ・バンコクなどの都市部へも移動が容易ではなく、市場へのアクセスも限られている。ほかにも、若者の都市部への流出や慢性的な予算不足など、地域の課題は山積していた。
これら課題を解決する方策の一つとして地場産業を振興するため、傾斜地でも栽培が容易で、かつ従来の農作物より付加価値を高められるものはないか。そこで着目されたのが、山間農村住民が長年多くの種類を栽培しており、かつ付加価値の付けやすい薬草だ。2013年、カレン州政府は日本財団に「薬草栽培の普及や農家の市場へのアクセス向上などを通じて産業を振興し、農家の所得向上へとつなげたい」と支援を求めた。
しかし、先述のとおりインフラなどさまざまな制限がある中では、一筋縄でいくプロジェクトではない。また当時は、ミャンマーの地方政府が国際支援団体と直接連携してプロジェクトを行うというのは、全国でも前例がないことだった。それでも日本財団の笹川陽平会長は、「敢えて難しい課題に取り組むのも日本財団の仕事であり、州政府が取り組まれるならば一緒にやりましょう」と返答。日本財団は2013年4月、カレン州政府と「薬草資源センター・プロジェクト」に関する合意を締結し、プロジェクトが実現することとなった。
またこの時、カレン州では長年続いてきた少数民族武装勢力との和平交渉がようやく動き始めていた。笹川会長は、地場産業を振興して雇用を生み出し、人々に「平和の果実」を実感させることができれば、ひいては和平への機運を高めることにもつながるとも考えていたという。
資源調査から市場アクセスへの改善まで
2013年度から始まったこのプロジェクトは、薬草資源センターの設立を含めて主に3つに重点を置いている。一つが、森林・薬草資源の保全と活用だ。植物の研究で有名な高知県の牧野植物園の専門家が年に3回ほど指導に訪れ、その下でセンター職員は州内の薬草資源を調査して分類・保全栽培を行い、各薬草の特徴に合った加工や販売を行っている。また、牧野植物園とは州内の「野草ガイドブック」も作成した。現在は同州の伝統医療士に伝統的な薬草の使い方について聞き取りを行っており、参考資料を作成しているところである。
もう一つは、薬草栽培農家の市場へのアクセスの改善だ。センターが良質な薬草原料を州内の生産農家から買い取り、一次加工と品質管理を通して国内外に販売している。ミャンマーの製薬業界をリードするFAME Pharmaceutical Co.,Ltdは、加工原料を供給することに加え、生産から加工、そして製造までの一貫した品質管理体制の整備に共に取り組んでいる。
東京農業大学とも連携し人材育成も促進
最後の一つは、薬草資源に関する人材の育成だ。州政府の行政官や地場農家の能力強化を目的としたセミナーを開いている。また、薬草資源の持続的な生産・加工・分析・品質管理といった工程での技術力の向上にむけ、2018年10月23日にカレン州政府、東京農業大学、日本財団の間で三者包括連携が締結された。今後、薬草資源センターや州内教育機関を中心に、地元の要望を取り入れつつ、身近にある資源の特性や可能性を見出すことの面白さに気付いたり、実践的な技術を修得したりする機会を増やしていきたいと考えている。
地場資源を活用した産業振興を担う人材育成を地域でどのように育てていくかは、ほとんどの地方都市が抱える大きな課題だ。このプロジェクトにおいても、若い職員が主要都市により良い機会を求めて地場を離れて行ってしまう事例は少なくない。その一方で、森林・薬草資源の身近に住むからこそ出来る仕事に意義を見出し、働いている職員達もいる。
カレン州薬草資源センターは2016年6月、開所した。面積は現在、40エーカー(16万1,800㎡)ある。17人のプロジェクトスタッフが州にある105種の薬草の栽培と研究、農家から持ち込まれた薬草の一次加工などに従事している。2017年12月から翌年3月までに、センターでは20トンのショウガや100トンのウコンの加工を行い、センター内で栽培したノニの加工原料400kgは、FAMEPharmaceuticalが全量を買い取った。国内外の市場に製品として販売している。
プロジェクト実施から5年、薬草資源センターとしての活動は質・量ともに拡大し、評判も高まっている。今後は地域の需要に応えビジネスモデルの確立を行うための、流通・販売経路の確保や工場の拡充が課題だ。州としても初めての取り組みとなるため、手探りなことも多いが、日本財団は引き続き州政府と連携して事業を続けていく。
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日本財団
国際協力チーム ミャンマー国カレン州薬草資源センター・プロジェクト担当
間遠 登志郎氏1959年生まれ。86年に青年海外協力隊員としてガーナに赴任。89年から2010年まで国際NGO笹川アフリカ協会(15年より(一財)ササカワ・アフリカ財団)の職員として、ガーナやエチオピアで農業開発支援に従事。10年より(公財)日本財団の職員としてタイ、ミャンマーで農 業開発支援に従事。英国ウェールズ大学で修士号取得、レディング大学博士課程中退
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