日本財団 連載第19回 
ソーシャルイノベーションの明日 

写真:ブラジル中部のゴイアス州ゴイアニア市にあるKaikan

 

ブラジル日系社会の今 ―求められる新しい在り方

 

2018年に110周年

 2018年12月、日本への外国人労働者の受け入れ拡大に向けた「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律」が公布された。19年4月に、一部の規定を除き、施行される。近い将来、日本の労働力不足が深刻化すると見越まれる中、外国人労働者の力をさらに活用していくための措置だ。だが、1960年頃までは日本も多くの人が職を得るため、ハワイやメキシコ、ブラジルなど海外へ移住した。移住先では日系社会が形成されたが、彼らの子孫にあたる今の日系人の中には、日本語が話せる人もいれば全く話せない人もいる。また、一言で日系人と言っても、両親とも日本人の人もいればクオーターの人もいる。

 明治維新から150年にあたる2018年は、ブラジルの日系人にとって移民110周年という大きな節目でもあった。1868年(明治元年)、日本人による就労を目的とした初めての海外集団移住として、約150人がハワイへ移住した。その40年後の1908年、781人を乗せた「笠戸丸」が神戸を発ち、ブラジル・サントスに入港。ここからブラジルにおける日系人の歴史は始まった。

 以来、ブラジルの日系社会は1世紀以上にわたり日本の伝統や習慣を継承しつつ、現地の文化に同化していった。だが今は、日本語が話せない世代が増えるなど日本語離れが進み、さまざまな葛藤に直面しているようだ。

20年ぶりに実態を調査

 こうした日系社会の実態について、サンパウロ人文科学研究所は2016~18年、日本財団の助成の下、20年ぶりとなる調査を行った。ヒアリングと街頭インタビューを中心とした調査から見えてきたのは、“新しい在り方”が求められているブラジルの日系社会と、“世代によって変化する日系人としての誇り”だった。調査の結果、日系団体はブラジル国内に450以上存在していることが分かった。うち約9割は、日系人同士の親睦や日本文化の普及を中心とした活動をしており、活動を担う現地の日系団体は「Kaikan」(会館)として親しまれていた。例えば、ブラジル国内にある日系団体の半数が集中するサンパウロ州では、いたるところでKaikanの標識を見掛かけることができる。

 Kaikanの多くは、入植時からの分配、市や国際協力機構(JICA)からの寄贈、または日系1世や2世の寄付によって成り立っており、日系社会の遺産とも言える。一方で、Kaikanが従来日系人を対象に催してきた餅つき大会や盆祭り、忘年会といった日本の行事は、近年、参加者の7~8割が非日系人だ。Kaikanが主催する行事のうち参加者が2,000人を上回るものは、全国で毎年1,000件ほど。非日系人の日系社会に対する関心は高まっており、そうした中で非日系人と共存するコミュニティー作りが日系社会の新しい在り方として求められているのだ。

9割以上が持つ日系人としての誇り

 本調査で行った非日系人へのインタビューでは、「この町が成り立っているのは日系人のおかげ だ」「日系人の病院なら安心できる」「日系人のいかさまを見たことがない」といった肯定的な回答が多かった。日系社会がブラジルに誕生して約1世紀の間、先人たちのたゆまぬ努力があったからこそ、今の日系人はこうして現地の一員として認められ、日系社会に対する関心と尊敬が高まっていると言える。だからこそ、自分達のための日系社会というより、非日系人と共に地元コミュニティーを作るという日系社会の新たな在り方が求められているのではないだろうか。

 本調査で明らかになったもう一つの特徴は、日系社会への帰属意識が高く、日系人としての誇りを持つ若者が比較的多いことだ。例えば、「日系社会に属しているか」という質問で、「属している」と答えたのは日系2世が78%、日系3世が72%なのに対し、日系4世は86%となった。また、「自分の中に日本人としての気質は何パーセントあると思うか」には、「50%以上」だと感じている日系人は全体で84%に上った。中でも、特に「正直」や「勤勉」といった要素が自身の日本人としての気質であり、長所であると捉えている日系人が976人中250人以上いた。そして、どの世代でも97%が「日系人であることを誇りに思う」と回答していた。日本離れが進んでいると言われていた若い世代でも日系人としての誇りを持っている人が多いということは、日本語が話せる、日本の伝統文化を知っているという側面だけが日系人としての評価基準とならなくなっていることを示すものであると推測ができ、大変興味深い結果だ。

日本は日系ネットワークをどう生かす

 世代が進み、若い人たちの日本への興味が薄れることで日系社会は衰退、または消えていく、と専門家や日系社会の人たちは推測していた。しかしながら、Kaikanは今も日本の伝統を後世だけでなく非日系人にも伝え続けており、若い日系人も日本人としての意識を強く持っていた。

 日系社会は非常にユニークである。ブラジルは多民族国家であり、さまざまな系統の人がいるが、結束力がこれほど強く現地社会で認識されているのは、おそらく日系社会以外ない。貴重な日系ネットワークを日本は今後どのように活用すべきか、日系社会との連携や協力を対等の立場で模索する必要があるだろう。グローバル化が進み、多文化共生が急務となる日本において、ブラジルの日系社会から学べることは多い。日本財団は世界中の日系人の“今”に迫るべく、現在、ブラジルだけでなく他の国の日系人も対象に調査している。結果は2020年4月以降に発表する予定だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

profile

日本財団  特定事業部 国際ネットワークチーム   大久保 郁子氏

 大阪府河内長野市出身。英国ケンブリッジ大学教育学部音楽学科卒。同大学院教育学部心理学科修了。集団的アイデンティティーなどを研究。2015年、日本財団に入会し、日系社会支援やアジアの女性社会起業家ネットワーク構築事業を担当。現在は日系社会支援事業を担当している。

『国際開発ジャーナル』2019年3月号掲載

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