日本財団 連載第20回 
ソーシャルイノベーションの明日 

写真:義肢を装着する養成学校の学生

 

肢体障害者の未来を“作る” -ジャカルタ義肢装具士養成学校を現地保健省へ引き渡し

 

カンボジア地雷被害者への支援を皮切りに

 日本財団が2008年から10年間にわたり支援してきたジャカルタ義肢装具士養成学校の運営が、このほど、インドネシア保健省へ引き渡された。義肢装具士は、体の失われた部分を補う義肢(義手や義足)、コルセットなど体の機能を補助する装具の製作を行う医療専門職だ。

 この分野への支援を、日本財団は1991年から続けている。90年代初頭、カンボジアでは内戦によって5万~10万人もの地雷被害者が発生しており、地雷により手足を失った人々が自立した社会生活を送れるよう義肢装具を提供したのが始まりだ。以降、カンボジアやベトナム、スリランカ、ミャンマー、フィリピン、タイ、インドネシアなど、義肢装具のニーズが高いアジア地域において、10万本を超える義手義足を提供してきた。また、義肢装具の提供だけでなく、装具の調整・リハビリ・歩行訓練などのサポートも無償で行っている。適正な義肢装具やサポートを提供するには、調整技術や理学療法といった複数領域の専門知識・技術を合わせ持つ義肢装具士の存在が不可欠だ。そうした人材を、欧米など先進国に頼らずに現地で持続的に確保していく必要があり、日本財団は日本の専門家や東南アジアで義肢装具士の育成に取り組んでいる英国のNGO「エクシード」と協働して、義肢装具士養成学校の支援も行っている。これまでアジア6カ国に養成学校を設立し、500人を超える優秀な人材を育成してきた。支援は基本的に10年間を区切りとし、その間、現地の保健省や事業を実施している大学に働き掛けて資金面・人員面とも自立した学校運営を現地で行える体制を整えた上で引き渡している。冒頭のジャカルタ義肢装具士学校も、そうした学校の一つだ。

引渡式典で保健大臣が今後への決意を表明

 インドネシアでは、小児麻痺などの病気の他、自動車やオートバイの事故、地震や津波などの影響によって身体の一部を失う人や機能障害を負う人が多く、義肢装具のニーズは高い。しかし、義肢装具士を養成する学校の数は、人口1億2,600万人の日本が10校であるのに対して、日本の約2倍の人口を持つインドネシアはたったの2校だ。

 その一つであるジャカルタ義肢装具士養成学校は、インドネシア国内に政府出資の養成学校を複数設立する際に必要となる義肢装具士の指導者を育成すべく、2009年2月に開校した。17年8月には国際義肢装具協会(ISPO)による査察を受け、最も高いレベルである国際義肢装具士指導者資格(カテゴリ1)を持つ学校として認定された。日本財団は開校に向けた準備の段階から携わっており、これまで約12億円の支援を実施してきた。

 保健省への引き渡しにあたっては、2019年1月15日、引渡式典がジャカルタで開催された。ニラ・ムルック保健大臣をはじめ、保健省関係者、エクシード職員、石井正文・在インドネシア日本国大使、在校生、卒業生など約180人が参加し、ジャカルタ州知事からはお祝いの花が届いた。

 式典の冒頭では、保健省職員が学校の運営事業の内容を報告し、続いて在校生が「ヌサンタラダンス」と呼ばれるインドネシア伝統舞踊を披露した。その後、ムルック保健大臣が登壇し、「保健省と日本財団の協力によって設立・運営されてきた本校は、インドネシアの障害者支援に対して大きな貢献になるであろうし、なっていると確信している。日本財団からの事業引き渡しに伴い、保健省はインドネシアの健全な保健医療体制の構築に向けて引き続き努力していく所存だ」と述べ、会場は大きな拍手に包まれた。このほか、石井大使も、インドネシア国内において優秀な義肢装具士を育成する本事業は、義肢義足を必要とする人々の生活の質の改善にも貢献すると強調した。

“自分の手足”で生活する喜びを

 この式典を境に、ジャカルタ義肢装具士養成学校は正式にインドネシア保健省が運営していくこととなる。保健省に引き継がれた後も、この学校が国際義肢装具士指導者資格(カテゴリ1)を維持し続け、インドネシア人の指導者を多数輩出し、彼らが母国語で義肢装具士を育てる環境がインドネシア各地で広がっていくことを期待したい。

 ただ、その上では地方における義肢装具サービスへのアクセス向上など、課題もある。というのも、既存の義肢装具士の養成学校は2校ともジャカルタ市内にある。このため、地方へは義肢装具サービスの提供が十分に行き届いていない。そもそも、義手義足の存在自体まだ知らない人も少なくないからだ。

 病気や事故で手足を失った人、あるいは生まれつき四肢に障害のある人が、「自分の足で歩きたい」「自分の手で触れて感じたい」と思った時、その選択肢が開かれていることはとても重要である。

 「義肢装具は完全オーダーメイドで作られるため、義肢を手にした時、それは自分の身体の一部となる。その瞬間、彼らはもう障害者ではなくなる」と、エクシードのカーソン・ハート代表は語る。義肢を必要とする人にとって、信頼できる義肢装具士と出会うことは、彼らのその後の人生においてそれほど大きな意味を持つのだ。

 養成学校で学び育った義肢装具士たちが質の高い義肢装具を作り、それらを身に付けた肢体障害者たちが“自らの手”で教育を受け、仕事を選び、“自分の足”で社会を歩いていく。押し付けではいけないが、彼らが自由に生きていくための選択肢を広げるものとして義肢装具は重要であり、誰もが自らの生き方を自分自身で決める喜びを感じることのできる社会の実現を目指して、今後も取り組んでいきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

profile

日本財団  特定事業部 BHN(Basic Human Needs)チーム   内山 英里子氏

 早稲田大学法学部を卒業後、同大学政治学研究科にて修士号を取得。国際法を専門に学ぶ。2016年に日本財団に入会し、子どもの社会的養護および東南アジアの障害者支援を担当。現在、2020年に向けて主に障害をもったアーティストを対象とした舞台芸術祭の活動にも取り組む

『国際開発ジャーナル』2019年4月号掲載

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