経済が順調に成長し大きく発展したタイ。しかし、人口動態の変化によって、今後は新たな課題に直面することが予想される。新時代の産業育成と地方分権化の推進はいかして実現できるか。それに対して日本はどのような支援を行うべきなのか。タイの開発計画に長年携わってきた(株)アルメックVPI代表取締役の長山勝英氏が、今後の展望を語る。
タイ経済のこれから
1980年初頭から発展の階段をかけ上がったタイ経済は、今日、一世代(30年)を経て新たな開発のステージに立っている。この世代は、これまでと違う経験に備える必要がありそうだ。
タイの人口は2030年をピークに減少が始まる見込みだ。都市への人口移動のペースは減速するものの、農村人口が減少し、相対的に都市化率がさらに高まる。それに伴って、地方部では急激な高齢化や労働力不足が生じ、人口オーナスの時代に入る。
経済面を見ると、タイ経済における製造業の貢献率は高いが、農業分野の生産額も付加価値化などの恩恵を受けて近年は微増傾向にある。しかし、労働人口の減少と農村人口の高齢化により、これまでタイ経済を牽引してきた労働集約型製造業の競争力維持が困難になると同時に、農村地域で成長限界が来るだろう。加えて地球環境問題への対処は、新技術を産み出す一方で、タイを含む多くの中進国では経済成長への足枷となる。そうした未来を見据えると、タイが中進国の罠に陥らないためには、付加価値型産業の誘致だけではなく、社会的・構造的な変化を織り込む必要がある。
タイが抱える二つの課題
タイ政府が進める「12次国家経済社会開発五カ年計画(12次計画)」や「国家20年戦略」を読み解くと、来たるべき変化を踏まえた二つの開発課題が見て取れる。同国政府は、「より力強い経済発展」と「より公平な社会経済開発」を同時に実現する必要性を認識しているようだ。
前者については、中進国の罠を回避するための「産業シフト」を進め、ASEANの産業・経済リーダーとしての地位を堅持することを目指して、東部経済回廊(EEC)開発への大規模インフラ投資を行っている。そのために民間投資を内外から呼び込む政府キャンペーンが盛んだが、実現のためには国も相応の投資を覚悟しなければならない。 民間投資家からすれば、2019年2月予定の総選挙後も新政府がEEC開発政策を優先するか否かや、多彩な民間事業スキームに関する法的根拠の不鮮明さ、新憲法下における軍の介入の可能性など、政治・行政リスクを無視できない。しかし、現状はタイ大手資本や中国資本を中心に、性急に進むインフラ投資に関する報道が多く、政治リスクの観点から論評するものが少ないのが気にかかる。
一方、「より公平な社会経済開発」に向けて、タイ政府は、地政学的に重要な国境都市の整備や、地方経済圏(クラスター)の軸となる地方中核都市の育成・相互連携など、国家の空間的ネットワークを再構成する政策を掲げると同時に、高齢化社会への備えを呼びかけている。社会経済開発はEEC政策のような大規模投資が必要ない代わりに、中央と地方政府との政策連携や、地方の知恵と熱意を産み出す地方分権化をより強める必要がある。統治システムの変革に向けて、有効な政策が打ち出せるかどうかが鍵となろう。
重要な課題は地方に
タイが持続的な社会経済メカニズムを構築し、先進国入りするためには、民主化と地方分権化の流れをより強固にする必要がある。これについては、1990年代から憲法改正と並行して長く議論されてきたが、自治権が認められているテッサバン(地方都市)の行政権限と開発予算の配分は極めて限定的だ。2000年に設置された地方分権委員会も、地方交付金割合を巡る議論に終始している。
JICAは、2015年から「タイ国未来型都市持続性推進プロジェクト(TFCP)」を実施中だ。これは政策立案の責任機関である国家経済社会開発庁(NESDB)をカウンターパートとし、タイ行政が民主化と地方分権化の重要性を理解していることを前提に進めているものだ(筆者は総括として参画)。
TFCPの目標は二段階に分かれている。第一段階では、各地方自治体が市民、コミュニティーら地元ステークホルダーを動員して自らの課題を分析的に把握し、将来の開発ビジョンを踏まえた持続可能な開発戦略やアクション(プログラム・プロジェクト)を含むSustainable Future City Planを策定する。第二段階では、そのプランを中央政府・県政府のリソースを使って実現するための手法を模索する。開発計画の策定能力と実施手法の確立は、公平でバランスある地方開発を実現するために自治体には欠かせない能力であり、TFCPは、その能力を獲得するための運動を後押しするものだ。私たちはこの運動を「SustainableFuture City Initiative(SFCI)」と名付けて地方都市の動機付けをしてきた。
TFCPは、SFCIの政策的合理性を確保するための「コンセプトづくり」から始まり(その骨子は「第12次五カ年計画」に取り込まれている)、実践的実証のために6モデル都市を選定して進めてきた。それぞれの都市が描いた未来都市計画は、どれもユニークかつ説得力あるものだった。今後、他都市への横展開と、計画実現に向けた中央・地方との調整が課題として残っている。
我が国にとっての課題
最後に、先進国入りが視野にあるタイに対して、我が国のODAがどうあるべきか、私見を述べたい。筆者は、1983年から約35年間にわたり、JICAが実施するタイの地域開発計画やバンコク都市圏計画の策定に関わってきた。東部臨海開発(ESB)に始まり、バンコク新国際空港など、経済成長の基盤となった大規模インフラ開発に、技術援助と連動した円借款が寄与した事は間違いないが、将来もこの路線を継続すべきだろうか。中国と競合するEPC支援の為に、資金援助を増やすべきだろうか。悩むところだが、自信を持って首肯するのは難しい。
一方で、TFCPのように制度整備に関わる分野での継続的な援助は重要だ。インフラと違って目に見えるものではないが、将来、先進国の仲間入りをしたタイが、誇り高く礼節ある微笑みの国として我が国の良きパートナーでいてくれるよう、民主的で公平な国づくりを支援する事は極めて大切ではなかろうか。
そして、大規模インフラによる成長という幻想から離れ、今は亡きプミポン国王が提唱した『足るを知る経済』の意味をもう一度かみしめると、この考えこそが持続的な成熟社会をつくる統治コンセプトだと気付くはずだ。開発業界で長く働いてきた今、筆者は強く実感している。
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profile
(株)アルメックVPI 代表取締役
国際開発ジャーナル論説委員
長山 勝英氏早稲田大学、米国ペンシルベニア大学院を修了。都市経済学博士、技術士。(株)パシフィックコンサルタンツ・インターナショナル取締役を経て、2006年からバリュープランニング・インターナショナル(株)社長。13年から現職。モンゴルの首都ウランバートルをはじめ、多くの都市開発プロジェクトを手掛ける
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