日本財団 連載第13回 
ソーシャルイノベーションの明日 

写真:タジキスタンの保育園で実践されているインクルーシブ教育

 

中央アジアに意味あるネットワークを ―奨学金事業から発展した人材育成

 

トルコのクーデター未遂事件で事業が白紙に

 2016年7月、トルコでは軍の一部勢力によるクーデター未遂事件が発生し、死亡者は約300人、逮捕者は約4万人に上った。トルコ政府はその後、首謀者とみなす人物の支持者の処分に動き、教育関係者2万1,000人の免許も取り消された。さらに、外国の団体による活動にも規制がかかり、多くの文化事業が突如、中止された。日本財団も当時、中央アジアからトルコの大学に留学している優秀な若者を支援する奨学金事業を実施していたが、この事業も白紙となった。

 本事業のルーツは、27年前にさかのぼる。ソ連が崩壊し、中央アジアの若者たちは質の高い教育を求めて国を離れた。中でも文化的、言語的、地域的に中央アジアに近いトルコは人気が高く、大学側も彼らを快く受け入れた。しかし、同国では2001年に通貨危機が発生し、物価は倍になった。金銭的に余裕のない中央アジアの学生たちは「教育か食事か」の選択を余儀なくされ、多くは後者を選んだ。この状況を見た日本財団が日本トルコ中央アジア友好協会を設立し、彼らの生活費や教材などの支援に動いたのが、本事業の始まりだ。以降、10年にわたり、中央アジアの最も優秀な学生が最高ランクの大学で教育を受けられるよう支援を続け、300人以上が大学を卒業した。

同窓生を対象とした新事業を立ち上げ

 そうした意義深い事業が白紙になってしまった。それ自体は残念なことだが、一方でこの“白紙”は、新しい物語を描くための“新たなページ”と見ることもできる。そこでわれわれは、この奨学金事業により培われた人材という素晴らしい資産を活用した新たな事業を立ち上げることにした。

 というのも、本事業の奨学生の約半分は、高い収入が見込めるトルコや欧米ではなく、母国に戻ることを選んでおり、母国や故郷への思い入れが強い。そしてその大半は、銀行の社長や石油会社の部長、公務員や研究者など、国を支える重要な職に就いている。また、支援者である日本財団や日本に対し、好意的な人も多い。多くの助成団は、こうした人材を見つけると、すぐ「人材だ!ネットワークだ!」と反応する。だが、「何のためにネットワークが必要なのか」「この人材ネットワークを最大限活用するにはどうすべきか」といったことは、あまり考えない。結果、ネットワークは構築されても、目的も意義も、動きもない安易なネットワークが出来上がる。

 われわれとしては、そんな「ただ存在すればいい」というようなネットワークは作りたくない。そこで2016年8月、新たに設立した日本中央アジア友好協会(JACAFA:ジャカファ)を通じて「中央アジアにおける人材育成及び知日派ネットワーク拡大事業」を開始した。この新事業の目的は、奨学金事業の同窓生たちのネットワークを強化するとともに、同窓生を中心に中央アジアの発展を促進する親日派グループの形成、ひいては未来の日本財団のパートナーを育成することだ。

プログラムオフィサーとして育成も

 JACAFAの活動は主に4つある。一つ目は、同窓会ネットワークの活性化だ。メンバーが互いの生活や社会の課題について把握し、絆を深められるよう、定期的に会合を開いている。

 二つ目は、日本への研修ツアーだ。毎年、同窓生の中でも特に優秀な4人を日本へ招聘し、彼らのニーズに合わせて商社や政府機関、大学などを訪問している。

 三つ目は、同窓生による小規模モデル事業だ。同窓生が自主的に社会の改善につながる事業を計画し、それを実現するための資金をJACAFAに申請できる。テーマは自由で、現在はタジキスタンで自閉症児と健常児が共に過ごせる包括的な保育制度を全国に普及させる事業が実施されているほか、カザフスタンでは次世代の社会問題についての会議および出版事業などが進められている。これらの事業は、JACAFAの経験豊富なプログラムオフィサーの指導の下、進めていくことができる。これにより、同窓生たちはプログラムオフィサーとしても成長していき、中央アジアにおけるプログラムオフィサーの育成にもつながることが期待されている。

 四つ目は、国際会議だ。国際会議にもいろいろある。各国で事業を実施する同窓生同士をつなぐため、JACAFAは同窓生が各自の事業計画を議論したり、実行中の事業について報告したりするための国際会議を開いている。これらの国際会議は、人が集まるだけで満足し、帰国したらすぐに忘れ去られてしまうようなものではなく、JACAFAの多岐にわたる活動をまとめつつ、同窓生を優れた人材へと育成するための重要な取り組みの一つとなっている。

 4 つの活動のほか、日本財団は同窓生やJACAFAスタッフの能力向上を目的として、ファシリーテション研修や予算書の作成などに関する研修を行っている。同窓生はみな、国造りへの貢献に最大の関心を抱いており、「仕事以外で社会に貢献したい、社会のために何かをしたい」という思いを強く持っており、学習意欲も高い。

 10年にわたり続いた事業の終焉の先には、そこから発展した新たな事業の創出があった。この活動を通じて、同窓生は必要なスキルを身に付け、自分や社会にとって有意義な事業を実行する機会を得ており、日本財団の未来のパートナーが育成されている。同窓生、日本財団、そして社会のすべてが利益を受ける、意味のあるネットワークが、形成されつつある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

profile

日本財団  国際事業部 国際協力チーム   James Huffman氏

 米国人。1989年に日本へ移住し、2000年に日本財団へ入会。情報グループに所属した後、11年に国際事業部へ異動。現在、主に奨学金や国際ネットワーク事業を担当している。

『国際開発ジャーナル』2018年9月号掲載

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