日本財団 連載第26回 
ソーシャルイノベーションの明日 

写真:長岡高等専門学校を視察するミャンマー国境大臣

 

日本財団が進める「トラック1.5外交」 ―招聘事業がもたらす“中期的”意義

 

胸襟を開いた関係を築く

 奨学金の支給、技術の提供、学校の建設―。日本財団はさまざまな手法を活用して国際協力を行っており、事業の多くは日本財団が支援するパートナー団体(助成先)を通じて実施している。一方で、日本財団が主体となり行っているのが招聘事業だ。これは、海外の政府要人や事業パートナーを日本に招き、1週間から10日程度、日本国内で事業に関係する施設や人を訪れて知見を高めてもらうことを目的としている。例えば、2011年に民政移管されたミャンマーに対しては、いまだ政府の重要ポジションを占める軍人を対象に日本流の民主主義やシビリアンコントロール(文民統制)の理解促進を目的とした訪日プログラムを、2014年より続けている。また一方で、ミャンマーの民主活動家を招聘することもある(右ページ写真を参照)。このように官と民の双方にアプローチできるのが日本財団の強みであり、政府間外交を「トラック1外交」、民間外交を「トラック2」と呼ぶのに対して、日本財団が行っているのは「トラック1.5外交」であると言える。つまり招聘事業には、人と人のつながりを重視した日本財団流の国際協力の真髄があるのだ。
 招聘事業では、日本滞在中は日本財団の職員が全ての旅程をアテンドする。行き先は東京に限らず、日本全体を見てもらうためにあえて地方にすることも多い。結果、当初の目的である会議や施設訪問以外でも招聘者と職員が同じ時間を共有することが増え、旅行や観光の側面も強くなる。 とりわけ、日本財団は政府機関ではなく民間の組織なので、招聘者の心理的なハードルも低くなっている。そのため、政府要人とであっても移動時間中などには本音で話をすることもある。そうした中では、「~という報道があるが、実際は~だ」といった裏話が出てくることもあれば、普段は強面で有名な政府要人が饒舌に自分の家族について話したり、別の政府要人からは友人や仕事先から頼まれているお土産について相談を持ちかけられたりすることもある。こうしたやりとりを重ねて、「会議場だけでの面識しかない」「夕食を一度共にしたが、人が多すぎて会話はできなかった」という形式的な関係ではなく、胸襟を開いた関係を築くことができている。

実際の現場を見て理解を深める

 ある開発途上国の政治家が、日本のインフラシステムを視察した時のことである。その政治家は、前々からこのシステムを導入したいと考えていたようで、事前にカタログ資料を取り寄せて読み込んでおり、現場に到着する前から導入にかかるコストや日本からの支援の可能性について気にしていた。だが実際に視察すると、そのシステムの運用には24時間365日体制で人員を貼り付ける必要があり、人員の育成も社内研修を通じて数年単位で行っている事が判明し、政治家は頭を悩ませていた。というのも、残念ながらその国には、該当するインフラシステムの運用に必要な人材を育成するための制度が十分に整っていなかったのだ。これはカタログ資料からも決して知り得なかった情報であり、現場で何十人もの技術者が働く姿を見て初めて気付くことができた。実際の現場を見ずにいたとしたら、その政治家は間違った判断を下していたかもしれない。百聞は一見にしかずというが、その場でしか分からないことを直接体験してもらえることも、招聘事業の特徴だ。

日本の関係者含めたトリプルウィンの関係へ

 加えて招聘事業は、「招聘者-日本財団」という相互関係だけではなく、「招聘者-日本財団-国内の関係者」という3者間でWin-Win-Winの関係を作るきっかけにもなる。例えば、日本国内のNGOや関係する政府機関に「せっかくの良い機会なのでぜひ」とお声掛けして訪問を受けて入れてもらったり、訪日歓迎レセプションへの出席をお誘いしたりすることで、招聘した日本財団自身にもそれまでなかったネットワークが広がっている。招聘期間中の訪問先を全て日本財団の関係者で完結することなく新しいネットワークや人脈を築くことで、これが事業の改善につながったり、新たな事業展開のきっかけになったりしている。何より、招聘される方々にとっては主催者以外とも人脈を広げることができる絶好のチャンスともなっている。また、訪問を受け入れた側にとっても、自分たち自身では政府要人といった人を招聘することは無いので、組織の広報につながるようだ。これを国際協力の実績の一つとして、ウェブサイト上で公開している組織もいる。

物的支援と人材育成の“中間”の重要性

 招聘の成果は、短期的には目に見えにくい。だからと言って、奨学金や能力向上研修のように長期の人材育成につながる成果を狙っているとも断言できない。それに、渡航費や滞在費といった費用や訪問先の調整、移動手段の確保、宗教・文化に配慮した食事の手配等の手間がかかるもの事実である。
 しかしながら、およそ1週間の短い期間で本音を打ち明けあえる関係を築き上げ、それがその後に両国の間の外交や貿易、国際協力の促進などにつながるという点で、招聘事業は中期的な意義があると言える。また、実際に訪日してもらうことで、一般論としての日本や日本人に対する知識から、理解を深めてもらうことができる。近年、圧倒的な物量による途上国支援への対抗という意味もあり、日本では途上国への人材育成支援が注目されている。だが、その“中間”としての招聘事業の重要性についても理解が深まることを期待している。

 

 

 

 

 

 

 

 

profile

日本財団  特定事業部 特定事業推進チーム  和田 真氏

 ワシントンDCにて国際関係学の修士号を取得後、2005年、日本財団入会。
海洋関係、広報部を経て、19年6月より特定事業推進チームにてハンセン病の制圧と差別撤廃、開発途上国の農業支援を所掌

『国際開発ジャーナル』2019年10月号掲載

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