アフリカの国連票田
第5回アフリカ開発会議(TICADⅤ)が6月1日から横浜で開催される。今回は1993年の第1回から数えて20年目に当たる。日本政府がこれほどの歳月をかけて国際会議の開催を継続したのも珍しい。
ここらで、費用対効果の観点から、政府は会議が日本に何をもたらしたのかという総括(評価)を行ってもらいたい。多くの読者もそう思っているに違いないので、初めにそういう問題提起をしておきたい。
まず振り返って見ると、アフリカ開発会議の発案者は、1993年当時のニューヨーク国連日本政府代表部であった。当時の狙いには、アフリカ開発へのイニシアチブを発揮することで、アフリカ諸国との友好関係を強化し、国連において責任ある地位を得たいという戦略的な考え方があった。とりわけ、当初は日本の国連安保理非常任理事国入りのためのアフリカ票田づくりがターゲットであった。
当時の日本経済は世界から“昇る太陽”と言われるほど急伸している頃で、政府開発援助(ODA)予算も倍増計画の波に乗って増大の一途を辿っていた。まさに、“元気旺盛な日本”であった。そうした自信の下で、国連安保理非常任理事国入りが発想されたと見られている。
ただ、国益丸出しでは戦略的とは言えない。そこで、国際的なコンセンサスを得られる形式を整えるべく、世銀を引き込み、共催という形式を整えて国益感を薄めたのである。
しかし、その結果は悲しいものとなった。日本は国連安保理非常任理事国入りで予定していたアフリカ票は確保できなかった。昨年、筆者がセネガルを訪ねた時も、政府関係者は「これからもアフリカ票は期待できない。アフリカ票はアフリカのために使いたい」と述べていた。そこで注目したいことは、日本の国連安保理非常任理事国入りでの陰で中国が暗躍したことである。中国は国連加盟の時に得たアフリカ20数カ国の中国への基礎票を動かして工作したものと見られている。
こうしてアフリカ開発会議の初期の目的は達成されなかった。しかし、一端始めたからには、途中でやめるわけにはいかない。建て前のアフリカ開発に関する国際的な協力の枠組みづくりに精進することになる。今では、もっと長期的にアフリカの信頼を得る外交手段として続けていく構えのように見える。しかし、残念ながらその戦略が見えてこない。
ところが、他の先進国のアフリカ開発会議への参画は、おおよそ儀礼の範囲を超えていない。旧宗主国の英国は「英連邦首脳会議」、フランスは「アフリカ・フランス首脳会議」や「フランス語圏諸国首脳会議」に専念しアフリカ開発会議と一線を画す。従来からの独自の国益追求に余念がない。
内政不干渉の中国
とくに、彼らのアフリカへの関心事は伝統的に農地や地下資源開発権の取得である。世界各国は国益の旗を立てて開発権の先陣争いに最大の優先度をおいている。しかし、先発のヨーロッパ勢力にとって、目の上のタンコブは、彼らが開発戦略的にあえて休眠させている資源開発権を横合いからカネの威力でかすめ取る中国の存在だ。長い間、ヨーロッパが築いてきた開発秩序が破壊されつつあるのだ。中国勢は資源確保と政治的な同盟維持のために、国威発揚もかねて、アフリカ庶民の目にとまり易い大型の箱物援助をアフリカ各国で推し進めている。
私たちは、どうしたらアフリカが立ち上がれるかという観点から、効果的な援助論を吟味しているが、中国の場合は、政治の民主化だの、グッドガバナンス(良い統治)だのといったセリフは一切はかない。そこには中国の政治的影響力、経済的利益を包含するアフリカ外交があるだけだ。自主独立、内政不干渉は中国共産党が政権を樹立して以来の伝統的な思想であり、これを基本に1960年代からアジア・アフリカ連帯を唱えている。
アフリカの為政者たちも、アフリカがヨーロッパの植民地時代から内政干渉を厳しく受けてきた歴史から、中国式の内政不干渉を歓迎する。とにかく内政不干渉がアフリカに対する中国のトレードマークになっている感じだ。しかし、話はここで終わったわけではない。中国が自らの援助資金で自らの外交目的を果たしているところまでは許せる。しかし、日本のアフリカ・インフラづくりの協力のための円借款資金が中国の餌食にされることには、黙っていられない。
ヨーロッパ諸国の援助は「原則無償」であるから、「原則タイド」だ。その上、大規模な資金を要するインフラなどのプロジェクトにはあまり関与しない。資金規模の大きいインフラ整備などには、世銀、アフリカ開銀、欧州開銀などへの資金拠出で対処していることが多く、直接関与することは少ない。したがって、ヨーロッパは日本のような中国被害に会うことはない。
総合開発計画の知恵
日本の場合は深刻だ。今ではODAの70%ほどを占める円借款がインフラなどの援助資金に充当されている。ところが、2011年ベースで見ると、インフラ等の日本企業受注率は33%程度である。日本はDAC(OECD開発援助委員会)によってアンタイド援助(国際入札にすべて付される援助)を強要されているので、日本産業の国際競争力低下によって、円借款の国際入札はことごとく敗北する傾向にある。これをアフリカに当てはめると、日本企業のインフラ受注率は33%どころか、もっと悲劇的な水準にある。
とくに、道路整備事業などでは受注率がゼロに近いと言っても過言ではない。円借款が投入されるアフリカの道路案件は、アンタイドの原則に従った国際入札の結果、中国のアフリカ援助で送り込まれた中国企業部隊によってことごとく落札されている始末。さらに、日本にとってもう一つ不愉快なことがある。
日本は1999年の途上国の借金棒引きという強引な国際的取り決めで、円借款供与先として有望なアフリカ諸国が借金棒引きを受け入れたために、ニューマネーとしての新規借款が不可能になった。その穴埋めとして、アフリカ開銀への資金拠出で、迂回するように援助量を増やし、その中で、相応のインフラ受注などの恩恵にあずかろうと考えたフシがある。
ところが、この迂回作戦も日本の国益につながらない。アフリカ開銀のインフラ援助は国際入札に付されて、ことごとく中国企業に持ち去られている。このままでは打つ手なしである。
そこで、経済界の提言では、アフリカでのリスク軽減のためにも、道路、港湾などのインフラ整備のための円借款案件とリンクする形で、資源開発事業や企業進出による産業開発を行えるように工夫してほしいと政府に申し入れている。
その場合、地域ぐるみのマスタープラン(総合開発計画)を立案し、そのアップストリーム(上流)から実施のダウンストリーム(下流)までをパッケージ化し、その中でのインフラ建設を日本側が計画の中での整合性を保ちながら一貫実施することを提示している。これには、日本政府の政治的な交渉力とともに優れた計画力が問われることになる。もし、こうした流れが狂ったら、再び日本資金のプロジェクトがことごとく中国勢にもっていかれ、日本の戦略的なアプローチの崩壊という最悪のシナリオが考えられる。
とにかく日本は国際的な枠組みづくりのTICAD開催で満足するのでなく、国家戦略的にもっと貪欲になって、アフリカにおける日本の経済の国益を追求する外交展開を積極化すべきである。
※国際開発ジャーナル2013年6月号掲載
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