新型コロナへの大国の思惑 ワクチン購入の資金協力を|羅針盤 主幹 荒木光弥

五輪開催国の責任として

新型コロナウイルスとの最後とも言うべき戦いは、ワクチン確保が決め手のようである。しかし、貧しい国にとってその前途は決して容易なものではない。

世界保健機関(WHO)が緊急使用許可を出して、新型コロナワクチンを共同購入し、分配する国際的な枠組み「COVAXファシリティ」によると、2020年12月4日現在、先進国が確保したワクチンは総量で約38億回分であるという。これに対して、開発途上国は25億回分に過ぎず、この分量では途上国の人口規模からみて10人のうち9人がワクチンを接種できないのではないかと懸念されている。

多くの途上国は、人口に見合ったワクチンを確保するだけの資金力がない。彼らはどうしてもWHOに頼らなければならない。ところが、大スポンサーとも言うべき米国はトランプ政権時に「WHOは中国寄り」というレッテルを張ってWHOを脱退しているので、バイデン新大統領による復帰が頼みの綱になっている。

しかし、米国のコロナ禍のダメージは死者数を見ても世界一大きく、WHOの新たな資金拠出の要請に応じてくれるかどうか定かではない。さりとて、どさくさに紛れてコロナ・マスク外交を着々と進めてきた中国が、米国に代わってワクチン無償提供のための資金拠出という大役を引き受けるかどうか、その可能性は極めて低いと見てよい。

ところが、今年オリンピック・パラリンピックを開催する日本(東京)にとっては、世界中から健康なスポーツマンを迎えなければならない。もし、一カ国でも新型コロナの感染で出場が難しくなったら、全員参加というオリンピックの精神が失われることになる。だから、開催国・日本はでき得る限り全員参加を実現すべく、ワクチン購入のための財力不足に直面する途上国に何らかの協力を考える必要に迫られていると言えるのではなかろうか。これもオリンピック開催国の責任の一環と言えないこともない。

ワクチン購入の国際協力

そこで、これは一つのアイデアであるが、オリンピックに対する国際協力という観点から考えるとまず第1に、資金不足の途上国に対しワクチン購入資金として長期返済、無利息の円借款を供与することも考えられる。第2に、もし円借款返済中の途上国、あるいは返済を開始しようとする途上国に対して、返済の大幅猶予を行うことも一考であろう。

日本にとっては、これからの国際協力の基本路線を“国際医療協力”へ大きくシフトしようとする時代でもあるだけに、ワクチン購入資金協力はタイムリーな援助課題でもある。さらに、今回の世界規模でのコロナ被害で明らかになった大きな問題として、多くの途上国での医療体制、特に病院不足の問題が指摘されている。国際協力機構(JICA)の北岡伸一理事長も、医療協力の大きな目標として病院建設協力を強調しているが、今回のコロナ騒動でその必要性が明確に実証されたことになる。

また、将来を見据えては、病院建設のみならず、医師、看護師、医療機器人材の育成などにも力を入れながら、日本の医療分野の国際化を一段と飛躍させるチャンスでもある。さらに、「自由で開かれたインド太平洋」構想の一環として、まずはインド太平洋地域の医療協力体制を構築することも考えられる。これは壮大な夢かもしれないが、日本の国際協力のこれからの選択肢としては、この道しか残されていないような気がする。

振り返って見ると、日本の対外貿易戦略は、労働集約型の製品輸出から始まって、次に工業技術のパッケージ型とも言えるプラント輸出へ、そして次に、あらゆる技術、ノウハウを包含したインフラ輸出へと進展してきた。これらは、すべて産業・工業分野の付加価値が大きく求められる時代でもあった。これから先は、日本のロボット、宇宙産業技術などが大きく発展する時代になるかもしれない。

しかし、人類の生存にとって大きな脅威になる細菌研究、そしてワクチン研究などは、日本はなぜか先進各国に比べて大きく出遅れているように見受けられる。日本のこうした分野での研究投資は、欧米は言うまでもなく、場合によっては中露に比べても低いと見られている。人類は今回の新型コロナの脅威に際して、その生命を脅かす細菌研究とワクチン研究抜きで、宇宙への飛躍もないと考えるべきでなかろうか。

WHOと中国の思惑

とにかく、病原菌も人間と同じように自然淘汰の産物であると言う。つまり、生物は進化の過程において自分の子孫を適正な生存環境にばらまくことによって生き残ろうとするからだ。

病原菌にとって、自分の子孫をばらまく行為は、どのくらい多くの人間に感染できるかという数字的な問題もある。そして、感染者の数がどれくらいになるかというと、病原菌がどのくらい効率よく感染するかによって決まると言われている。こうして病原菌は進化していくと言うのである。

日本も人類生存に関する細菌研究に、もう少し国家規模での研究資金を投入すべきであろう。それにしても、細菌研究はどの国もその実態を明らかにしていない。今回の騒動でも、中国・武漢での新型コロナ発生の実態が明らかにされていない。WHOはその実態を究明し、国家の枠組みを超えた人類のための大々的な細菌研究の共同研究体制を組むべきであろう。

少なくとも、米中はWHOでヘゲモニー競いをせず、「人類のため」という大目標に向かって、場合によってはWHOの解体・大改革を行い、厳正中立な国際機関のための監視機能も設けてもらいたい。ある国が政治的な思惑で人類の生存に深く関わるWHOの人事にまで政治的な影響力を及ぼすようでは、WHOは中立を守る国際機関とは言えないからだ。このことは、全ての国際機関に言えることかもしれない。

ただ、中国は今後、新型コロナの発生原因が国際的に究明されることを恐れて、WHOへの関与を意図的に強めているように見受けられる。中国はいったいどういう思惑で究明を恐れているのだろうか。

最近では、中国での新型コロナの発生原因を究明すべきだと発言したオーストラリア首相に対して、中国政府は対決姿勢を見せて、貿易関係にまで理不尽な制裁を加えている。中国政府は、発生源は中国でないとでも言い張るつもりだろうか。

※国際開発ジャーナル2021年2月号掲載

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