円借款協力の落とし穴 ベトナムのカントー大学強化|羅針盤 主幹 荒木光弥

戦略的な大学協力

外務省国際協力局は、本年度12回目の「開発協力適正会議」を10月29日、公開方式で開いた。準備調査開始前に討議の対象になる援助4案件のうち3案件は円借款案件であった。本来ならば、3案件のうち2件は無償資金協力か技術協力、あるいは無償と技協のコラボレーションで実施すべき案件である。その2案件は、(1)ベトナムの「カントー大学強化事業」、(2)バングラデシュの「母子保健改善事業」(フェーズⅡ)である。

現在のODA事業予算配分は、有償(円借款)8:無償1:技術協力1といういびつな状況にある。だから、無償資金協力や技術協力の対象となる領域(ベトナムの大学強化やバングラデシュの母子保健)にも円借款を多用しなければならなくなっている。

それにしても、そこにはいくつかの問題点が見えてくる。

その問題点を考えてみたい。第1点は円借款協力の国際入札方式とナショナル・インタレスト(国益)との矛盾、第2点は実施機関JICA内の組織的な矛盾。

第1点はこうである。

ここではベトナムのカントー大学強化事業を議論の対象にしてみたい。この大学は、ベトナム政府の掲げる高等教育機関の教育・研究能力強化政策の下で指名されている4つの国際水準モデル校のうちの一つである。4つのうち一つはフランスがアジア開銀と組んでハノイ科学技術大学の設立を、ドイツは世銀と組んで独越大学の設立を、イギリスはダナン大学の改善を目指すものとみられている。そこには教育協力で自国の影響力を深めようとする各国の長期的な国益が見え隠れしている。

さて、メコン・デルタはベトナムのコメ生産の50%以上を産出する食料生産基地でもある。ところが、周知のように気候変動による海面上昇やメコン河流域の水質汚染といった環境問題にも直面している。したがって、カントー大学の次なる課題は、第1が農業生産性の向上。そのための技術開発と人材育成である。第2が河川環境問題への対応。後者は上流域、下流域を含む国際河川メコンの総合的な河川環境問題と深くかかわっている。

ODAと国益

それでは、次に日本にとって何が問題かということに触れてみたい。それは、ずばり言ってカントー大学の強化策を円借款協力で進める矛盾である。

円借款は国際入札を余儀なくされるアンタイドの枠組みの下で研究体系のなかに組み込まれた研究機器などの入札を実施しなければならない。しかし、これまでの実績をみると価格中心の国際入札ともなれば、必ずしも日本が落札できるとは限らない。仮に日本が国際入札で敗退することになれば、付加価値の高い日本の科学技術とベトナムとの連帯が一つ失われることになる。

日本のアジアでの科学技術的な「知的ネットワーク」は、すでにアセアン26大学、日本14大学が結集したSEED-Net(東南アジア工学系高等教育ネットワーク)がある一方で、タイの「モンクット王工科大学」をはじめマレーシアの「マレーシア・日本国際工科院」、インドネシアの「ハサヌディン大学」があり、これからはミャンマー工科大学のテコ入れもある。

こうした幅広い教育ネットワークで育ったアジアの若手人材は、将来、日本の科学技術的な知日派、親日派になると同時に、日本の生存に必要な次世代の研究人材にもなる可能性も秘めている。その意味で大学支援プロジェクトを円借款のアンタイドにさらすのは日本の大損失と見なければならない。国益に無神経なところが円借款関係者の欠陥でもある。

なんであれ、円借款の貸し付け実績をあげればODAの援助実績を引き上げられるという点では重要なことかもしれない。しかし、今は世界的な援助潮流の混迷期にある。援助各国は国益を援助にも求めている。日本もただDACの古い言い分を守りタイド援助を悪者扱いにする傾向から脱皮して、もう少し要請の中身を吟味し、国益の視点からプロジェクトを分別できる能力を身につけるべきであろう。そのためには、援助案件への視点を途上国の要請のみならず、日本の将来を見込んだ要請にも応ずべく、案件の選別を行うべきである。

とくに、日本のバイラテラルODA(二国間援助)は、日本外交の手段である。だからこそ、ODAは日本の国益を下敷きにして判断すべき時もある。ところが、ODA実施機関のJICAでは一部に国際開発金融機関の感覚に陥っている傾向があり、概して国益をあえて避けている傾向も散見できる。とくに、円借款協力ではアンタイドの条件を盾にして、国際入札に順応しているところが見える。そうしないと、円借款協力への途上国の要請が減り、円借款の実績が上がらない、という近視眼的な見方をする人たちがいるからだ。

地域部と課題部

次に、第2点の実施機関JICA内の組織的な矛盾とはこうである。外務省で開かれる開発協力適正会議では、初めにJICA地域部がこれから準備すべき援助プロジェクトについて説明する。地域部が援助プロジェクト予算を掌握しているから、準備段階のプロジェクト説明をすることになっている。

ところが、インフラなどのハード型案件では、プロジェクトの規模に応じた投入予定資金額、その経済的効果などを説明するだけで事は済むが、ここで問題にするベトナムの「カントー大学強化事業準備調査」のような技術協力系のケースでは、ただ研究機材・機器の購入資金の借款だけでは済まされないのである。日本がカントー大学強化で協力する場合は、教員の育成から研究システム強化の支援など、全般的な教育協力を必要とするものになる。

研究機器を導入するにしても、研究課題の解決に寄与できる機材・機器でなければならない。もし、国際入札で研究機器導入が他国に落札されたら、大学強化策を設計する日本側の一体的な指導力が失われることになる。

ところが、そうしたことを考える当事者は「地域部」ではなく、途上国の開発課題に対処するJICA「課題部」に属している。つまり、人間開発部が所管している。この部は過去、いくつもの大学創設にかかわってきた。だから、大学とのコネクション、ネットワークもでき上がっている。ところが、外務省での新規採択調査案件の説明には、地域部関係者だけで、教育の中身に詳しい課題部(人間開発部)のスタッフは参加していない。

筆者はこれまで多くの大学援助案件を取材してきた。一番大切なことは教育あるいは研究の中身を決めるシラバス、カリキュラムづくりである。その内容によって導入すべき研究機器などの質と量が決められる。この順序を間違えると不要の研究機器を購入することになる。だから、最初に研究目標、目的を明確にし、それに沿って研究機器が選択され、導入されなければならない。教育援助でそうした段取りを間違えたら、研究機器の導入は無用の長物になってしまう。その意味で、円借款業務だけが先行するのではなく、技術協力部門の課題部との連携を密にして計画立案する必要がある。

もともと円借款協力が技術協力との連携を深めて、総合的な意味での円借款効果を上げることを目指して、5年前に、JICAに円借款部門を併合させたはずである。開発協力適正会議を見ても、地域部と課題部が連携して案件説明している様子もない。何かおかしいと思っているのは筆者だけではなく、適正会議の委員たちもそう思っているようでもある。ODA実施機関内の結束がゆるめば、人びとに技術協力と円借款協力の統合の正当性を訴える力も失われる。一事が万事。猛省を促したい。

※国際開発ジャーナル2013年12月号掲載

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