インフラ輸出に忙殺される円借款 ODAは外交政策、通商政策ではない|羅針盤 主幹 荒木光弥

円借款短縮への懸念

インフラ輸出戦略の重圧に耐えられるか円借款協力。これが今回のテーマである。

政府は昨年11月、インフラ受注の拡大を目指して、円借款の条件緩和を発表した。

それによると、①国営企業や自治体などの重要案件に対しては政府保証を必須要件にしない(これはインドネシアでの高速鉄道計画の受注で、政府保証を求めない中国の受注攻勢に対処したもの)。

②円借款協力のスピードアップを狙って、これまでその手続きに3年ほどかけてきたものを最大で1年半に短縮すること。

③新興国の利便性を考えてドル建て融資の「ドル借款」も可能にすることなど。

さらに、今年5月に開催されたG7伊勢志摩サミットでは、円借款のスピード化を厳しく求めて、より具体的に、可能性調査(F/S)から着工までを1年半で実施するよう再度求められた。インフラ受注要件の中で最大の問題のように強調されている。円借款協力の実施部門(国際協力機構・JICA)では通常3年を要していた実施プロセスを半分に短縮することを具体的にどう進めたらよいか難渋しているようである。

通常、F/S調査だけでも最低1年は必要だという。とにかくF/Sは借款プロジェクトの成功のカギを握っている。F/Sを担当する開発コンサルタント側に立てば、「調査の質が落ちる」と調査短縮に反発する。

一方、借款を受ける開発途上国側に立てば、貸す側の都合で勝手に調査を短縮してプロジェクトの質の低下を招き、将来に禍根を残すのではないかと懸念する。

この点に関しては、借り手との意見調整を図る必要がある。政府開発援助(ODA)の基本は相手国の要請から始まる。円借款協力はその要請に基づくことを基本にしている。したがって、調査を短縮するかどうかについても開発途上国側の考えを十分くみ取らなければならない。

ケースによっては調査を短縮しても差し支えのない場合もあるだろう。それも借金する開発途上国側の了承を得る必要がある。政府の主張する借款プロセスの短縮論は「援助の原則」に反していると言われる恐れがある。

援助の原則

短縮論は現場無視の発想ではないのかと言う人もいる。国内政治的には、今の10~15兆円のインフラ輸出実績を2020年には約30兆円にするという政策目標は重いものである。その要請に国策の一環として実施しているODAもできる限り応えなければならない。ただその場合、ODAは通商の手段ではなく、外交の手段であり、それはDAC(経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会)などの国際的コンセンサスの下で実施されているという側面にも留意しなければならない。

ODAとしての円借款を国策に役立てる時は、そうした国際的な視野に立たないと、かつて円借款のアンタイド(ヒモ付きなし)を欧米の先発列強から要求されたような事態を招きかねない。これがインフラ輸出戦略における円借款活用の一つの懸念材料である。

次はもう一つの懸念である。昨年12月に、安倍総理のトップ外交でインドの新幹線(ムンバイ~アーメダバード間500キロ)に日本の新幹線方式を導入するという条件で1兆5,000億円もの円借款供与を政府間で約束した。

これは安倍政権にとっては最大の外交的決断である。ドイツなどもトップ外交を中国に仕掛けて、大量受注に成功している。フランスも鉄道案件ではトップ外交を展開している。その場合は、援助に片足突っ込んだような資金ではない。

さらに、独、仏あたりでは民間企業が日頃からのビジネスの下地をつくり、そのダメ押しという形でトップ外交が活用され、しばしば成果を上げている。

タナボタ式ビジネス

ところが、日本ではトップ外交が先行して、ビジネス界が後塵を拝している感じである。言うならば、トップ外交でインフラ輸出のビジネスチャンスをつくってもらい、それにビジネス界が追従するというパターンになっている。まさにタナボタ式である。

ビジネス界では、政府の東日本地震・津波被害対策やオリンピック、さらには熊本地震対策に追われ、受注満タンの状況だという。だから、海外の需要に対処できない、と嬉しい悲鳴を上げている。

それは建設業界だけではない。インフラ輸出の花形、鉄道輸出における車両メーカーも内需に追われている。それは、オリンピックに向けて鉄道各社が車両の新装を計画しているために、鉄道車両メーカーはその大量受注に追われているという。

例えば、インドのデリー貨物車両の国際入札でも、日本からの応札企業は現れなかった。高額の入札図書作成費も含む厳しい国際入札に比べると、国内受注は天国である。

日系企業のインフラ受注を後押しする安倍内閣のトップ外交も、これでは空振りになってしまう。将来に懸念されることは、日本の企業がトップ外交待ちで国際ビジネスを展開しようという依存心を持つことである。

国際ビジネスの競争は厳しい。むしろ、日本企業はオリンピックなどを企業の国際展開のチャンスと捉え、国内受注をバネに国際ビジネスへの体制固めを行うべきではなかろうか。

もし、そうでなければ、総理のトップ外交ビジネスは日本企業へのモラルハザードになると言われても反論できなくなる。しかし、逆説的には民間企業の積極的な国際展開を誘発させるために安倍首相の仕掛けた一つの仕掛けかもしれないという。

首相にしてみれば、政治生命が問われるアベノミクス政策を成功させるうえでの苦肉の策とも言えるトップ外交ビジネスかもしれない。その意味で、ODAの果たす役割は大きい。

それには限界もある。ODAには国際貢献という世界共通の理念がある。日本の利己的なインフラ輸出戦略に円借款協力を使いすぎると、円借款の国際的評価を落とし、安倍政権の評価まで落とす恐れがあるからだ。

※国際開発ジャーナル2016年8月号掲載

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