歴史的な汚点を残す
1月6日。ドナルド・トランプ大統領(当時)の熱狂的な支援者による米国連邦議会議事堂への乱入事件が起こり、ワシントンに衝撃が走った。
米国が議会制民主主義のモデル国家であるだけに、世界に与える影響は測り知れないものがある。特に、米国の議会制民主主義を国造りの最高のモデルにしている開発途上国に与える影響は大きい。
かつて米ソ対決の東西冷戦時代には、米国をはじめとする西側陣営は議会制民主主義を掲げて、東側のソ連陣営と独立間もない第三世界(途上国グループ)を挟んで、陣取り合戦を展開した。ところが、今では中国の独裁的な習近平体制がかつてのソ連、現在のロシアと交代するように、米国と対峙する時代を迎えている。
そういう新しい時代の中にあって、自由世界のチャンピオン国家である米国の、しかも最高の国家政策決定の聖域とも言える議会議事堂が共和党系の心無い暴徒に荒らされたことは、米国の民主主義を信奉する者にとって、絶対に許されるものではない。
これは、米国建国以来の“歴史的汚点”、また“民主主義への恥辱”になったとも言える。さらには、普遍的な“議会制民主主義への恥辱”と言っても過言ではない。これで、トランプ前大統領の名誉をはじめ、その政治生命も永久に葬り去られることになろう。同時に、将来の共和党への悪影響も測り知れない。
さて、私たち途上国援助の歴史の中にあって、米国をはじめとするヨーロッパ、日本など先進諸国は、多くの援助を必要とする途上国に対して、議会制民主主義の道を説きながら、新しい国造りを支援してきた。多くの途上国は国造りの過程で一時的に独裁国家になっても欧米・日本などの援助を受けながら民主主義、自由主義に基づく資本主義国家への道を切り開いてきた。
途上国へのショック
ミャンマーでは2月1日、軍部クーデターで民主政権が倒され、目下混乱状態に陥っているが、かつての東南アジアにおいては典型的な例として、フィリピンのマルコス独裁政権、インドネシアのスハルト独裁政権も一つの時代を経て議会制民主主義国家へ移行するという歴史をたどっている。
また、中近東、アフリカにおいても絶対的な独裁国家は徐々に姿を消している。このように、第三世界においても若干の温度差はあったとしても先進国の議会制民主主義を選択する国々が増えている。
先にも述べたように、第二次世界大戦後、米国はヨーロッパ諸国、日本と共に自由、民主主義を掲げて第三世界の国造りを支援してきた。今では第三世界(第一世界は先進国グループ、第二は社会主義国グループ、第三は途上国グループ)の中から経済発展レベルでは中国、インド、ブラジルのように中進国から先進国に近づいている国々も現われている。
かつて世界の富の3分の1しか占めていなかった第三世界は、今では世界の富の半分以上を占めるほどに発展した。しかも、その多くが議会制民主主義を選択している。かつてソ連の支配下にあった東欧諸国でも議会制民主主義に近づく国々が増えている。
その中でも、共産主義の元祖ロシアは、今ではその座を中国に譲っている。ところが、頑固に共産主義政権を、しかも独裁的に守り通している中国の習近平政権は、「一帯一路」戦略を掲げて、自由世界のスキを突くように、アフリカ大陸や中近東、太平洋に「一帯一路」のネットワークを次々と構築しようとしている。
話は少々脱線するが、ただ、中国の戦略的な現在の行動パターンは、かつてのソ連のように、途上国を革命で強引に社会主義化しようというよりも、中国の世界戦略「一帯一路」の一端を背負わせる経済的動機の方が強いように見受けられる。
さて、米国は中国に対して、昔から貿易相手国として、また、戦前(第二次世界大戦)においては旧日本軍の中国大陸侵攻時代から蒋介石軍や毛沢東抗日ゲリラグループを支援するなど、中国に対して歴史的に見て一種の寛容さを見せてきたとも言える。
しかし、これからの米国は、社会主義大国として発展し、米国の世界的なヘゲモニーを脅かす存在になった中国に対して、これまでのような見通しの甘い対応は許されない立場に追い込まれている。
そうした状況下で起こった今回のような前代未聞の議事堂襲撃事件は、ヨーロッパ、日本などの先進国は言うまでもなく、議会制民主主義国家づくりを進めている多くの途上国にも、大きなショックを与えている。
ある意味で、冷戦時代、そして南北問題の時代を通じて構築されてきた議会制民主主義への信頼度が、今回の非民主主義的な国会議事堂襲撃事件で途上国を中心に民主主義への不信となって広がらないか懸念する。
世界をリードする責任
日本も戦後、国のあり方を改めて議会制民主主義を守って経済発展してきた。そして、日米同盟を背景に、東南アジアとの関係を強化しながら、資本主義的な経済ブロック、さらに政治的なブロックとなる東南アジア諸国連合(ASEAN)の形成を支援してきた。そして、これらの国々は少なくとも米国の議会制民主主義の影響を受けている。
こうした歴史を振り返って見ると、議会制民主主義の大本山とも言うべき米国での議事堂襲撃事件は、これまでの米国の世界規模でのリーディング・カントリーとしての信頼を大きく傷付ける恐れがある。米国の足元とも言うべき中南米諸国をはじめ、アジア、中近東、アフリカなど多くの途上国へ与えた影響は大きい。
なかでも米国の議会制民主主義に日頃から疑念を抱く国の多い中南米諸国には、アジアなど他の地域と異なる反応が見られたかもしれない。例えば、トランプ前大統領が強引に国境の壁をつくったメキシコには、他と異なる感情、見方が生まれたに違いない。また、キューバもその一国かも知れない。それゆえに、この事件で米国民主主義への信頼が大きく崩れないことを祈るだけである。
したがって、第46代のジョセフ・バイデン米国大統領の責任は一段と重くなろう。世界をリードする責任国家として、議会制民主主義の正当性を世界に見せていかなければならない。そうでないと、健全な自由、平等の人類の理念が萎えることになりかねない。そして、世界が混沌の世界に陥らないためにも、米国の自由・民権の思想が健全であってほしいと願うのは筆者だけではないだろう。
※国際開発ジャーナル2021年3月号掲載
コメント