われら共有の未来
新年おめでとうございます。
2020年は動物由来と言われる新型コロナウイルス感染症で世界中のあらゆる人間活動が麻痺状態に陥った。ところが、一方では皮肉なことに、世界中の人間活動を鈍らせたために、地球にかかる負荷をわずかでも減らすことになった。これは一時的にしろ、人類社会に「成長の限界」を感じさせる小さな原始的な警告かもしれない。
私たちは、これまでに何度となく人類の危機、地球の環境危機を訴えてきた。最初は1972年のローマクラブによる『成長の限界』である。ローマクラブは68年にイタリアの実業家アウレリオ・ペッチェイ氏(フィアット、オリベッティ社重役)、経済協力開発機構(OECD)科学局長を務めたアレキサンダー・キング氏などの少数の知識人によって設立された。ローマクラブが世界に知られるようになったのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)に研究委嘱した報告書『成長の限界』であった。
報告書は、システム・ダイナミックスという手法を用いて人口、資源、環境、食糧、工業生産という5つの要素を組み合わせてコンピュータ・シミュレーションを行い、もしも人口と工業生産の幾何級数的な成長が続き、適切な対策がとられない場合には、われわれの子供、あるいは孫の時代に人類社会は大きな危機に見舞われる可能性があると指摘している。報告書は全世界に大きなショックを与え、100万部を突破するベストセラーになった。それは世界の人びとの高い危機感を示すバロメーターとなったのである。
次は1980年の米国政府による『2000年の地球』という報告書が注目された。当時の鈴木善幸首相と環境庁長官は、この報告書に関心を示し、環境庁に「地球的規模の環境問題に関する懇談会」を設けた。そして、その報告書に基づき82年にナイロビで開かれた国連環境計画管理理事会特別会合で、国連に地球的環境問題を検討する賢人会議が設けられ、日本の提案する「環境と開発に関する世界委員会」が発足した。その時の報告書が87年にオックスフォード大学から出版された『われら共有の未来』(OurCommonFuture)であった。
本誌創刊発起人の大来佐武郎氏(海外経済協力基金総裁、外務大臣、国際大学総長などを歴任)は、90年12月号の『中央公論』巻頭言で次のように述べている。
「宇宙船地球号をわれわれの後に続く世代に住みよい世界として引き継ぐことは、現世代の責任であり、環境改善に役立つ科学技術を伸ばし、先進国のライフスタイルを考え、途上国の人口安定化を援助することが必要となろう」。
地球的規模の矛盾
それから2000年代に入ると、今度は05年に米国のピューリッツァー賞を受賞したジャレド・ダイアモンド教授(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)が、著書『文明崩壊』(草思社)で、とりわけ深刻な「12のグループに分けられた環境問題」を指摘している。その中には天然資源の破壊や枯渇、天然資源の限界、人類が産み出した、もしくは発見した有害物質、エネルギー、光合成の限界、有毒化学物質、大気の変動、人口問題などが含まれている。
ここでは、人間自身の問題である「人口増加」を取り上げてみたい。重大なことは「人間の数そのものではなく、それだけの数の人間が環境に与える影響だ」と強調する。一人当たりの環境侵害量(人間一人が消費する資源および産み出す廃棄物の量)は、その人間が属する社会によって大きく異なり、先進国では高く、第三世界では低くなる。平均すると、米国や西ヨーロッパ、日本の住民は第三世界の住民の32倍の資源を消費し、32倍の廃棄物を産み出している。
世界全体として眺めると、第三世界の生活水準が向上し、第三世界から先進国への人口移動、それに伴う先進国型ライフスタイルの拡大などの結果、環境侵害量の総和が増大してくる。ところが、第三世界の住民全員が先進国並みの生活水準に達すると、総侵害量は12倍になる。例えば、中国の国民だけが先進国並みの生活水準を達成し、ほかは全て現代のままだとしても、世界の環境侵害量は現在の2倍になる。
ところが、第三世界の抱える巨大人口が、現在の先進国の生活水準に達し、それを維持していけるだけの資源を世界は持っていない。そのことを、国連や先進国政府は誰ひとりとして認めようとしない。これは、まさに“地球規模的な矛盾”だと訴える。
人類生存の問題
つまり、私たちの住む社会は、現在、持続不能に至る道を進んでいて、今後数十年のうちに私たちのライフスタイルの大変革が求められるようになると言う。それは、まさに50年の導火線をつけた時限爆弾のようなものだとも言う。
例えば、低地にあってアクセスの容易な熱帯雨林のうち、国立公園の指定を受けていない地域の一つであるマレーシア半島ではほぼ完全に破壊し尽くされ、ソロモン諸島、フィリピン、スマトラ島、スラウェシ島でも今の勢いでいけば10年以内に、その他ではアマゾン河、コンゴ河の流域を除く世界各地で25年以内には破壊され尽くされるだろうとダイアモンド教授は述べている。人類の英知は果たしてこうした難問解決に立ち向かっていけるのか。同教授は、地球環境問題は最も身近な人類生存に関わる問題として、今の私たちが懸命に取り組まなければならない問題であることを深く認識しなければならないと強調する。
事実、多くの開発途上国では食糧生産のみならず、パームオイルなどの換金作物の生産のために、あるいは広大な牧畜業のために、かろうじて残された地球誕生以来の熱帯原生林が開墾され続けている。
それは広大なアマゾン地帯だけではない。パプアニューギニア島、ボルネオ島などの熱帯雨林もかなりのスピードで姿を消し始めている。しかし、国際社会はこうした地球的な悲劇を阻止できないでいる。
そういう認識に立つならば、私たちは将来に向けての新たな国際協力をもう少し地球的視野に立って推し進める必要に迫られていると言える。これからは地球に住む貧しい人びとの生活改善のための協力と同時に、地球の生存も考えた地球的規模での環境問題、新しい人間生活の在り方などを改善する国際協力にも力を入れる時代を迎えていると言いたい。
つまり、私たちは「貧富の格差是正」に加えて、地球を破壊する基本的な諸問題にも懸命に対処する地球的な規模での国際協力に取り組む必要性、緊急性を感じなければならない。そこまで地球が痛んでいることを真摯に考えなければならない時代に来ていることを、私たち現代人はもっと真剣に考え、行動しなければならない。これが私たちへの地球からの新年のメッセージであろう。
※国際開発ジャーナル2021年1月号掲載
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