ヨーロッパの陰湿な歴史の断面 ロシア・ウクライナ戦争|羅針盤 主幹 荒木光弥

農業国ウクライナの底力

筆者が本記事を執筆しているのは2023年2月だ。ちょうど1年前の2月24日に、ロシアのウクライナ侵攻が始まる。ロシアのプーチン大統領はウクライナ南部4州の併合を宣言して、軍事侵攻を開始した。しかし、戦況は一進一退の膠着状態にある。

そこでまず、ロシアとウクライナの経済的格差を全ヨーロッパの中で比較してみたい。1人当たり国民総所得(GDP)を2020年ベースで比較して見ると、まずロシア連邦が1万740ドルであるのに対して、ウクライナは3,570ドルだ。ロシアは1人当たり約3倍以上の格差をつけている。とはいえ、そのロシアも、ヨーロッパ諸国と比べるとGDPは小さい。例えばスウェーデンは5万4,290ドル、オランダは5万1,070ドル、ドイツは4万7,520ドル、フランスは3万9,500ドル、そしてイギリスは3万9,970ドルだ。

次に、国力を知る一つの手立てとして農業を中心に、ロシアとウクライナのヨーロッパでの立ち位置を概観してみよう。

農地面積はロシア、ウクライナ、フランス、スペイン、スウェーデン、ノルウェー、ドイツという順位になる。

次に、世界の農作物の生産量に着目すると、大麦の生産量(2020年ベース)は、多い順にロシア、スペイン、ドイツ、カナダ、フランス、オーストリア、トルコ、イギリス、ウクライナ、アルゼンチンの順だ。ウクライナは9位である。しかし、ウクライナは大麦の輸出面では1位のフランスに次ぐ2位のポジションを占め、3位がロシアという順位になっている。そこには農業立国ウクライナの面目躍如たるところがある。

トウモロコシ生産の場合は米国、中国、ブラジル、アルゼンチン、ウクライナという順位になる。ただし、輸出面ではウクライナは4位である。1位米国、2位中国、3位ブラジルだ。

ジャガイモの場合は中国、インド、ウクライナ、ロシア、米国という順番だ。キャベツ類の生産は中国、インド、ロシア、韓国、ウクライナ、日本。ひまわり油生産ではロシア、ウクライナ、アルゼンチン、中国、ルーマニアだ。かつてはウクライナの輸出品の中でひまわり油は9.6%(食料品輸出40.3%のうち)を占めていた(2022年以前)。

絶望的な日本の北方問題

このように、ウクライナは“ヨーロッパの穀倉”と言われるほど、その潜在的な可能性は計り知れない。周知のように、アフリカでは毎年、どこかの国が食糧危機に見舞われる。食糧供給の世界的な循環という意味でも、ウクライナのような穀倉が必要となる。ウクライナの平和は、世界的な要請だと言えよう。

しかし、現実は厳しい。戦争の決着をどうつけるのか。かつて、ベトナム戦争のときは、米軍、特に若者の人的犠牲が大きくなるにつれて、戦争への嫌悪感が米国社会全体に広がった。そして若者を中心に多くの市民がワシントン(政治)を動かして、終戦への道をつくった。これから、モスクワの市民がどういう反応を見せていくのか。それはロシア社会の将来を占う一つの大きなバロメーターとなるに違いない。

他方、日本への影響では、今のところシベリアでの原油ガス確保はかろうじて稼働しているようであるが、日本とロシアとの平和条約締結交渉は中断され、北方四島の交流、自由訪問も中止された。その上で、ロシアは昨年、今年G7議長国を務める日本の岸田文雄首相ら計63人のロシアへの入国無期限禁止を決めた。

さらに、大きな問題としては(1)日露の排他的経済水域(EEZ)内でのサケ・マス漁業、(2)歯舞群島でのコンブ漁、(3)ロシアEEZ内のサンマ、スルメイカ、マダラ漁業、(4)北方四島周辺での安全操業などがどうなるか。その行方が注目されている。

とにかく、遠いヨーロッパでの戦争の嵐が、極東の日本にまで吹き込んでいる。北海道からは、ロシアとの関係は道民の生活、生存に関わる問題であるから、岸田首相にはG7議長国だからと言ってロシア―ウクライナ戦争に関する議論で派手に振舞わないでほしいという声も聞こえてくる。

気の遠くなる復興への道

去る1月9日付けの読売新聞にウクライナ副首相とのインタビューが掲載された。そこでは「復興支援は日本主導で」と過大に期待されているように報道された。

「ヨーロッパが主戦場であるから、ベトナム戦争後の復興援助のように、日本が率先して戦後復興に進出する必要はないのではないか」という反論もあるようだ。とはいえ、ウクライナの隣国ポーランドには、早くも日本を含む西側の開発コンサルタントが復興に向けて待機していると聞く。

ウクライナ復興需要では戦車をも供与してきたヨーロッパ諸国が日本の出番を簡単に許すわけがないだろう。ヨーロッパとしては、復興資金だけは日本を頼りにしても、復興事業は自分たちで差配したいと考えているはずである。

一方、日本は昨年のG7議長国ドイツに代わって、ウクライナ復興支援をリードすることになるはずだ。ウクライナ政府は、すでに昨年7月、復興経費として10年間に7,500億ドル(約100兆円)が必要になると試算している。ヨーロッパのあるジャーナリストは「これは、ウクライナの仕掛けたヨーロッパをはじめ西側陣営への一つのリトマス試験紙のようなものだ」と語る。

日本政府はこれまでにも、政府開発援助(ODA)で2014年7月に100億円の円借款を供与。2015年12月には369億6,900万円を供与している。

戦争が始まってからも、「緊急経済復興開発政策借款」として2022年5月に130億円、6月には650億円の円借款貸付契約に調印した。すでにウクライナはロシアとの開戦時に円借款を供与しているので、ODAを通じた支援の要領は熟知しているはずである。

それにしても、戦争の最中に、早くも戦後復興の話が出るとは、余裕なのか無神経なのか、戦略的な発想なのか用意周到なのか。ウクライナ人の図太い神経と計り知れない戦略性がうかがえる。そこには、アジアとは一味違うヨーロッパの長い抗争の歴史の一面が見えている。

※国際開発ジャーナル2023年4月号掲載

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