実態は不明
国際協力機構(JICA)に前代未聞の資金ショートが昨年9月頃から発生し、その事実が10月、11月、12月で顕在化して、週刊誌『サンデー毎日』が12月17日号で「国際協力機構“資金不足”に?―“受注60億円減る”業界団体悲鳴」と初めて報道した。そして、同じ毎日新聞系の『週刊エコノミスト』も2018年1月2・9日号で「予算管理で異例の“不手際”―JICA見直し論も再燃か」と報じた。
週刊エコノミストの記事は、JICAでは国際協力銀行(JBIC)の有償資金協力(円借款)事業との統合後、旧JBICと旧JICAとの職員の連携不足や、地域ごとの政府開発援助(ODA)案件を扱う「地域部」と開発テーマや課題ごとに案件を扱う「課題部」の間の調整不足が課題として指摘されてきたと報じている。これは、かなり内部事情を熟知している報道と言えるが、それが必ずしも問題の核心を衝いているとは言えない。
それにしても、報道界が広くこの問題を取り上げなかったのは、今までの報道界のODA報道パターンである「ODA不正事件」(汚職など)ではないからだと言える。JICAの資金ショート問題は、組織的なマネジメント能力の欠落に起因しているとみられているからである。産業界でも大企業の経営的な不始末が多発している。JICAの場合は、組織的な緊張感の薄れた弛緩病に罹っているとも言える。
だが、JICA事業は私企業と異なり、国民の税金(一般会計予算)や政府の財投資金などで賄われている。だから、今回の資金運用の大ミスは、組織的な弛緩から生まれた税金など公的資金の公正にして効率的、効果的運用を犯していると言っても過言でない。早急に資金ショートがなぜ起こったかを、単に運用上の問題だけでなく、組織的なマネジメントの問題としてとらえる必要がある。
今回の資金ショート(最大300億円と見る人もいれば、その半分という人もいて、実態は不明)は、現場的には課題部の技術協力などの予算管理のマネジメント能力不足に起因していると見られる。
予算マネジメント不足
JICAの仕事は大きく言って、援助される国の全体的な援助ニーズを探る「地域部」と、それらの国々の教育、保健衛生、環境、農業などの開発課題を専門的に探求する「課題部」に分かれている。
統合前のJICAは、技術協力を中心に、国別、課題のニーズに基づいて実施する機関であった。だが、円借款協力が移管されて以来、その資金量も大きく、援助プロジェクトもインフラプロジェクトなどのように大型化し、かつ最近の政府のインフラ輸出戦略が強まるなかで、開発途上国の開発戦略に焦点を当てている「地域部」へのインフラ輸出インパクトは大きくなるばかりだ。ともすると課題部の技術協力的な役割は、JICA理事会においても過小評価される傾向にあったと言われている。
そうした逆境的なムードの中で、2016年度がJICA5カ年計画の最終年であることもあって、「課題部」の技術協力プロジェクト発掘もヒートアップしたものと見られる。JICAには、仲間うちにだけ通用する隠語として技術協力の「根雪」という言葉がある。これは過去からの技術協力案件が累積された状況を指している。JICAでは5カ年計画の最終年ということもあって、この根雪プロジェクトの上に新しいプロジェクトを必死に発掘し、懸命に積み上げてきた。ところが気がついてみると、年間予算600億円をオーバーしてしまった。
とにかくJICAマンは概して“プロジェクト大好き人間”である。もっともそれがJICAマンになる第1の条件であるから、当たり前と言えば当たり前の話である。だから、援助プロジェクトの発掘にも熱が入る。同じODAでも円借款協力は返済義務を伴う協力なので、相手も慎重にプロジェクトを選ぶ。一方、技術協力は無償援助ゆえに、開発途上国側に何でも欲しいものを要請する傾向がある。だから、要請プロジェクトが次々と積み上がっていく。
優良プロジェクトが次々と積み上げられると、プロジェクト好きなJICAマンは予算がオーバーするのも忘れて、次々と勇んで援助案件化していく。
JICA司令塔の設置か
これからは、恐らく2017年度から始まるJICA5カ年計画の見直しとともに実施計画、実施体制(課題部と地域部を含む)の抜本的な改革が必要となろう。その見直しの中では、案件公示の大幅削減、案件実施の引き延ばしが行われる可能性が強い。
ところが、技術協力のなかには10億円にも達する大型のものがある一方で、たとえば、評価事業などは概して何千万円単位のものも多い。ところが、技術協力畑で協力する民間専門家、民間企業グループも零細な小規模受注者が多い。実は、こういう民間受託層が日本のODAを底辺で支えている。
開発コンサルティング企業は一般企業に比べて資金面でも人材面でも零細である。また、各コンサル企業は前年に基づいて年間の経営計画を立て、資金から人材までを計画的にマネージしようとしている。そのルーティンに狂いが生じたら一気に経営不振に陥る恐れがある。つまり、ODA実施を底辺で支えている民間グループの崩壊にもつながりかねない。従って、JICAのこれからの対応策でも、小規模会社をまず優先して、JICAミスのシワ寄せを最小限度に抑えるよう配慮する必要がある。
基本的な対応策は、「マネジメント能力強化」の一環として組織的なタテ割りを統括する“JICA司令塔”の構築であろう。JICA全体として現在の企画部だけでは、今や主役を演じる地域部のインフラ中心の円借款部門だけをマネージするだけで精一杯であり、課題部の小口の技術協力にまで目が届かない状況にあると言える。課題部には予算管理を含め、課題部全体を統括する司令塔のような総括部署が必要ではないだろうか。本来ならば、全体的な実務面での最高位の“理事会”(民間の重役会議)が重要な役割を果たさなければならないのに、円借款の大型案件の処理に明け暮れて、小型の技術協力にまで目が行き届いていないと言われている。
これからは、少ない予算で最大の効果を生むような実施体制づくりを陣頭指揮するのがJICA理事会の最大の役割であることを肝に銘じるべきである。
※国際開発ジャーナル2018年3月号掲載
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