途上国の食料安保への寄与
農林水産省は去る4月25日、官民連携による壮大な構想「グローバル・フード・バリューチェーン戦略」に関する初会合を開いた。
最初に「バリューチェーン」という考え方に触れてみたい。これは米国の経営学者マイケル・ポーターが1985年に著書『競争優位の戦略』の中で提唱した概念である。それは、フード原材料の調達から製品の生産・出荷、最終的な消費までの各段階、さらに技術開発・人材育成などの支援活動において、どの段階で付加価値(バリュー)が生み出されているかを分析して、さらなる競争優位性をもたらすにはどのような戦略をとればよいかを検討するためのフレームワークだという。
農林水産省が今回打ち出した構想では、食品の生産や供給(サプライチェーン)の複数の段階で政府や企業がそれぞれ適切なタイミングで支援し、事業活動を展開することで、企業同士、企業と政府の各取り組みで相乗効果がもたらされ、バリューが生まれるというものである。
たとえば、ある国で企業が新たに農業生産や食品加工事業を展開する場合、そのタイミングに合わせて別の企業がその農産物・食品を含む各種商材の卸売り、小売り、輸出などの事業を展開することで、当該品目の供給がよりスムーズになって流通量が増大し、互いの事業にとってプラス効果を得ることができるというのである。
また、政府が政府開発援助(ODA)事業として開発途上国の農業生産基盤整備を実施し、その対象地域を中心に企業が農業機械の販売事業を展開して農産物の生産拡大を目指し、さらに別の企業が当該農産物の加工機械を販売するという官民連携のフード・バリューチェーン構想も考えられる。
多くの開発途上国では、フード・バリューチェーンが構築されていないために、豊富な一次産品が高付加価値化されないまま輸出されるケースが多い。農民の収入を増やしていく、という意味でもフード・バリューチェーン戦略はその国の開発課題に応じることができ、最終的には、その国の食料安全保障を確立することに大きく貢献できる。だから、フード・バリューチェーン構想は、開発途上国の農業開発協力に新たな光明を与えるものといえる。
生産・販売までの農業開発協力
これまでのODAベースの農業開発協力は基本的に農産物の品種改良、普及、生産性向上ぐらいで止まっていた。いくら増産しても、その農産物が売れて現金化されないと、肥料や農機具の購入にも支障をきたすことになる。
アフリカのある国ではトウモロコシ、ソルガムなどの農作物が大豊作になったものの、その販売ルートが確立されていないために、その農作物を飼料にして、多くのブタを飼育した。その結果、ブタも大量飼育できた。しかし、そのブタの売り先が見つからない。アフリカの多くの農村では、大なり小なり生産拡大の次のステップである農産物の流通・販売システムが存在しないために、ODAによる農業開発協力も最終的には頓挫することがたびたびである。
そうした中で、英国国際開発省(DFID)が2007年頃、ザンビアの農村開発協力で新しい突破口を開いてくれた。農産物の品種改良などによる生産性向上と品質向上を果たしても、それらが流通に乗って現金化されない限り、農村は豊かになれない。
そこで、ザンビアの農産物を南アのスーパーマーケット資本の“ショップライト”と提携させることで、農産物の流通化を実現させた。ショップライトは南アのみならず周辺国一帯にネットワークを広げているので、広域にわたってザンビアの農産物が流通することになった。流通市場からは、農産品の品質向上の要求がどんどん上がってくるので、それにザンビア農民も応えなければならない。そうしているうちに、農業の近代化がどんどん進展していく。
英国は2000年から官民連携(PPP)を提唱している。政府ベースの援助で行き詰まった農村開発を、民間の力(流通販売)で解決しようとしたのであろう。これは、フード・バリューチェーン戦略において一つのヒントになる。
例えば、国際協力機構(JICA)は軍政時代からミャンマーのシャン州コーカン地区(少数民族地域)で、麻薬撲滅のための代替作物「ソバ」の栽培に尽力してきた。協力が実ってソバは育った。ところが、これを現金化しないと農民の努力が報われない。日本では長野の篤志家が一定量を買い付けていたものの、ミャンマーと日本との流通が本格的に確立されなかったために、苦難を強いられた。
一国主義的でない原料開発
次にもっと大きな問題を提起してみよう。
1976年、ブラジルでミナスジェライス、ゴヤス、マットグロッソ3州にまたがる300万ヘクタールのセラード(強酸性土壌)農業開発が始まった。石灰投入で酸性土壌の中和を図った。まず、5万ヘクタールが試験的な開拓目標とされた。日本企業は大豆の生産確保を目指した。ちなみに、1974年のJICA設立はこうした開発輸入に道を開くものであった。
今では、セラードの半乾燥地帯での農業開発経験が、アフリカの農業協力で生かされているが、日本の資源確保という国益とは縁遠いものとなった。
当時の資源確保は一国主義的な考え方に立っていた。その点、今回の「グローバル・フード・バリューチェーン戦略」は、農林水産品の原料確保において、一国主義的な発想に立っていない。これが、これまでの資源確保政策と大いに異なる点である。たとえば、アフリカでの農林水産品の原料開発は、世界のフード市場をにらんだ戦略目標をもっており、アジアでのフード・バリューチェーンにアフリカ、中南米、場合により中央アジアの農産品が投入されることもあり得る、としている。
ここまで事態が進展すると、官民連携の国際協力事業も新しい時代へのエポック・メーキングを迎えていると言える。
※国際開発ジャーナル2014年6月号掲載
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