南北の潮目が変わる! 新興国に呑み込まれる先進国|羅針盤 主幹 荒木光弥

6億人の東南アジア市場

謹賀新年

昨年11月24日に久しぶりでバンコクを訪ねた。今回の目的は、政府開発援助(ODA)60周年記念セミナー「タイ日協力の歩みとこれから」(国際協力機構(JICA)タイ事務所主催)に出席することだったが、もう一つの目的は、日本が40年の歳月をかけて援助した「モンクット王工科大学物語」(筆者が著者)が、タイ語版で出版されたからである。

これは、まさに著者冥利につきる話だ。翻訳エディターは、本の中で親日一家として紹介したモンクット王工科大学元学長のプラキット氏である。彼は同大学生粋の学長で、大学創成期には「タイ人によるタイの教育」という重責を背負って日本に留学し、一番苦労した人物。

プラキット氏には2人の子どもがいて、長男アンプ君はタイを代表するカシコン銀行員であり、長女ピクンキョウさんは東海大学で博士号取得した後、父を継ぐようにモンクット王工科大学で教鞭をとっている。アンプ君とは久しぶりに再会できたが、今では立派な社会人になってカシコン銀行の部長職にあった。この銀行は旧農民銀行で、タイの商業銀行の中では総資産4位にある。日経の11月20付「東南アジア企業の増益率上位20社」では18位にランク付けされている。

アンプ君によると、日本の地銀20行と業務提携しており、今ではタイの企業家を引率して日本の地銀が支援する地方の中小企業との連携事業を推し進めたり、日本からの中小企業の問い合わせに対応したりの毎日だと語っていた。また、日系中小企業家にはタイの風土に合った経営指導、研修も行うという。

さて、前置きが非常に長くなったが、今や日本は実力をつけた地方の中小企業群もそれを資金面で支える地方銀行も、着実に発展している6億人の内需を抱える東南アジア市場へ参入しているのである。

気になる日本の立ち位置

農水省は昨年から東南アジア戦略として「グローバル・フード・バリューチェーン戦略」を展開し、日本の「食の安全・安心」を売り物に“日本食品・食材”の輸出振興を図ろうとしている。アジアの食市場が2020年に680兆円とも見込まれているからだ。なかでも、熱帯地域で欠かせない分野がコールド・チェーン・システムの構築であるが、すでに多くの企業グループは政府の政策を先取りするように商業流通のコールド・チェーン化に乗り出している。

これまでの企業進出といえば、自動車、電気製品あるいは繊維分野での現地組み立て生産が主流であった。そのために日本国内での生産工場の空洞化が地方に深刻な失業問題を惹起した。そして、地方の優秀な中小企業までもがサバイバルのために海外展開を余儀なくされている。日本はどこへ向かうのであろうか。日本の立ち位置が気になってくる。

筆者が40年前の駆け出しの頃、「世界人口の20%を占める北側先進国は世界の富の80%を占め、世界人口の80%を占める南側途上国は世界の富の20%を占めるにすぎない。このアンバランスを是正するのが援助だ」と教え込まれた。また、新進気鋭の学者には「中心(先進国)が周辺(開発途上国)を支配していることが南北問題の核心である」と教えられた。

しかし、そう言われている間は、日本をはじめ先進国は開発途上国から資源などを安く購入することで、国全体が一定の豊かさを享受できた。日本では1970年代に「一億総中流」や「一億総中産階級」と言われたが、その当時は極端な貧富の格差は存在しなかったと言われている。

しかし、先に述べた先進国が世界の富の80%を占めていた時代から見ると、今では限りなく50%に近づいているという。富の再配分が確実に進展している証拠である。

それは、半世紀以上に及ぶ先進国による近代化援助、経済援助が少しずつボディーブローのように効き始めているからであろう。とくに、グローバリゼーションの進展で、援助以外の国際資金が自由に移動できるようになり、開発資金を必要とする開発途上国は自由に調達できるようになった。このことが新興国を産む大きな動機になったのであろう。

BRICS市場の衝撃

周知のように、新興国グループであるBRICSは29億6,000万人市場だとみられている。この巨大な市場がこれまでの世界市場へ合流すると、先に述べた「中心」(先進国)が「周辺」(開発途上国)を支配する構造が音を立てて壊れ、確実に、逆転現象が起こる。つまり、これまでの「中心」が29億6,000万人市場の「周辺」へ呑み込まれていく。そうなると新旧入り乱れてのバトルになる。しかし、新興国の人口のほうが先進国より多く、需要も大きい。市場をめぐって競争が激化し、食糧にしろ資源にしろ、価格高騰が予想され、先進国経済は停滞気味になるのではと見られている。

その結果、先進国では貧富の格差が顕在化すると見られている。水野和夫著「資本主義の終焉と歴史の危機」によると、米国では所得上位10%の富裕層が全所得に占める割合いが1976年の8.9%から2007年には23.5%にまで高まり、米国社会の貧富の格差はますます広がっていくと見ている。この現象は大なり小なり日本でも起こり得る。他方、開発途上国では新興国になるにつれて、貧富の格差は先進国よりも大きくなり、時に社会問題化し、反乱、暴動が常態化するのではないかと見られている。

このように将来展望してみると、日本自身の立ち位置は言うまでもなく開発途上国を援助する立ち位置も不安定となろう。したがって、これまでの援助政策も再構築を余儀なくされるだろう。まず新興国、これに準ずる開発途上国と対等に向き合う政策転換が考えられる。どうしたら新興国と共存共栄が可能になるか。対等なパートナーとして対応すべき時代を迎えている。その意味でも援助精神、援助政策の大転換が求められる。

※国際開発ジャーナル2015年1月号掲載

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