71兆ドル世界市場か
(一社)日本経済団体連合会(経団連)は3月、日本政府に対して「戦略的なインフラシステムの海外展開に向けて」と題する2020年度版の提言を公表した。主な内容は(Ⅰ)環境変化を踏まえたインフラシステムの海外展開の推進、(Ⅱ)戦略的なインフラシステムの海外展開に向けた具体的要望、(Ⅲ)with/postコロナ時代における重点分野などである。
それによると、まず世界のインフラ市場は、今後一層拡大という前提に立っている。経済協力開発機構(OECD)は、2000~30年におけるインフラ投資額の累計が71兆ドルと推計する。また、アジア開発銀行(ADB)の推計では、2016年~30年までのアジアのインフラ需要は22兆6,000億ドル(年間1兆5,000億ドル超)。気候変動の緩和や適応への必要額を含めた場合は、26兆ドル(年間1兆7,000億ドル超)に上る。提言書では、日本は今後、このようなインフラ世界市場を戦略的に取り込んでいく必要があるとしている。
インフラシステムの環境変化については、以下のように指摘する。(1)新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で、事業の遅延や中断などが発生。(2)コロナの感染拡大によって、とりわけデジタルトランスフォーメーション(DX)が重視されるようになり、インフラシステムのDXへの取り組みを加速させる必要がある。(3)気候変動への危機感が世界的に高まる中で、脱炭素化への取り組み強化が求められている。日本としては独自の優れた環境技術を活用したグリーンインフラシステムの海外展開が求められる。(4)国際協調を重視する米国のバイデン新政権の下で、国際経済秩序の再構築が期待される。日本としても「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)の実現を目指し、経済連携を通じて地域間協力関係を深めるとともに、グローバルなヒト・モノ・カネ・データの円滑な移動と連結を追求する必要がある。
4項目の政府への要望
政府は2021年以降の5年間を見据えた新戦略「インフラシステム海外展開戦略2025」を20年12月にまとめた。それは、(1)「カーボン・ニュートラル、デジタル変革に対応した産業競争力の向上による経済成長の実現」、(2)「SDGs達成への貢献」、(3)「質高のインフラ海外展開」を掲げるとともに、25年の受注目標額を34兆円に設定した。
政府はこれまで首相や官僚のトップセールスを強化し、海外のインフラプロジェクトを獲得してきた。さらにはハイスペック借款創設や円借款、本邦技術活用条件(STEP)の活用を進め、機関投資家向けの貿易保険スキームの創設などの貿易保険の拡充、「質の高いインフラ」のルール整備や国際標準化に取り組むなど、日本企業の海外展開を支援してきた。経団連は政府のこうした努力を高く評価している。
提言とも言うべき経団連の具体的な要望は次の通り。
第1、世界が直面する課題への対応。(1)「世界が直面する課題の対応」で、次の4項目を挙げている。①新型コロナウイルスの感染対策および支援強化、②インフラシステムにおけるDXの推進、③グリーンインフラ整備の取り組み強化、④FOIPの実現。
第2、案件獲得に向けた推進体制の強化。(1)司令塔機能の強化および予算措置の拡充、(2)トップセールスの一層の強化、(3)第三国市場での連携。
第3、官民連携を通じた公的施策の推進。(1)O&Mへの重点支援(デジタル技術を活用した高度なO&Mのみならず、アフリカなどのホスト国の実情に合ったO&Mも対象にすることが重要としている)、(2)国際標準化や国際ルール整備の戦略的展開、(3)日本企業主導で現地企業と連携しながら価値を共創するCOREJAPANプロジェクトを官民連携で加速させる、(4)PPP促進に向けた支援強化、(5)人材招聘の戦略的推進、(6)安全対策の一層の推進。
第4、ファイナンス等支援の強化。(1)ODA(円借款、無償資金協力、技術協力)、(2)JICA海外投融資、(3)JBIC投融資、(4)日本貿易保険(NEXI)、(5)その他の独立行政法人など。
(5)においては海外インフラプロジェクト・事業のリスクを軽減し、民間投資を一層促進するためには公的資金を活用したファンドによる投資拡充などが有効と考えられる。例えば、インドネシアでは最大150億ドル規模の政府系インフラ・ファンドの新設を計画しているという。
コロナ時代の重点分野
最後にwith/postコロナ時代における重点分野として、(1)グリーンインフラ(脱炭素化に資する環境エネルギーインフラ)、(2)デジタルインフラの整備、(3)スマートシティの推進、(4)健康医療インフラ、(5)生活・社会基盤インフラなどを挙げている。
これらに加える私的な意見があるとしたら、第1に総合商社の役割、第2に開発計画作りで優れた能力をもつODA系の開発コンサルタントの役割である。まず、開発計画の情報、動向を現場の第一線で関わり得る総合商社の役割を改めて考え直す必要があるのではなかろうか。現在はそういう時代ではないと言われるかもしれないが、改めて総合商社の役割を再考してみてはどうだろうか。
次いでODA系の開発コンサルティング能力は、インフラ企画・計画の段階から深く関わることができることだ。ODAを戦略的に活用するならば、時間は少々かかるが、総合開発計画段階から推し進める必要がある。総合開発計画作りは時間と費用ばかりかかって有効でないとする意見もあるが、相手の懐に深く入り込み、信頼を得る一つの手段として有効だと考える。
ある程度の時間をかけて信頼を得ながら相手の懐に入り込まずに、手っ取り早くインフラプロジェクトを日本の手中に収めることは容易なことではない。つまり論理的、技術的、そして人間的信頼が「戦略的なインフラシステムの海外展開」の要諦ではなかろうか。
多くの途上国の場合、開発計画を担当する人びとは、欧米の一流大学で学んだ超エリート官僚たちであり、その頭脳は明晰で理論的である。ただ、彼らは実践を知らない行政マンだ。だから、協力する側に実践と理論を整然と語れる人材が求められる。ところが、日本側でそうした人材が確保されるかどうか、大きな不安が残されている。その意味で、日本の前途に楽観は許されない。
※国際開発ジャーナル2021年6月号掲載
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