戦時下のウクライナへ経済協力 「ODA大綱」との整合性を考える|羅針盤 主幹 荒木光弥

戦時下の財政援助

小国ウクライナが大国ロシアに毅然と立ち向かっている。それは、燃えさかるナショナリズムの炎のようである。その戦う姿には、かつて米国に勇猛果敢に立ち向かったベトナムを彷彿とさせるものがある。

あの時代は、米国と戦うベトナムをロシアが後方で支援していたが、今度はロシアと戦うウクライナを、米国をはじめ欧州連合(EU)諸国、日本、そして世界銀行など国際機関がエネルギッシュに支援している。歴史とは実に皮肉なものである。

それでは、最初に世界のウクライナ支援から追跡開始してみよう。まず、国際協力機構(JICA)の資料によると、ウクライナに対してはロシアの侵攻前から、国際通貨基金(IMF)や世銀を中心に国際社会が協調して、経済改革を支援していた。ロシアにとってみれば、足元を崩されそうで、居ても立っても居られない状況だったと想像する。例えば、IMFは36億SDR(約50億ドル)、世銀は第1次開発政策借款で3億5,000万ドル、第2次で3億ユーロ、EUは12億ユーロの財政支援を実施してきた。

ロシア侵攻後は、世銀の追加借款として、約4億3,700万ユーロを始めとして、オランダ、米国、カナダ、ドイツ、英国、デンマーク、ラトビア、オーストリア、ノルウェー諸国は世銀との協調融資、保障供与、無償の資金協力などを実施している。その様相はまさに、世銀をはじめ、米・欧・日が総力をあげてウクライナの、いわゆる“戦争経済”を支えているように見える。そこには、まさに、かつての「東西対決」という厳しい冷戦時代を想起させるものがある。

日本の場合は、岸田文雄総理が2月15日、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と電話会談して、1億ドルの支援を約束している。日本は世銀および欧米諸国と共にウクライナがロシアと戦う前から、経済改革と開発支援のために、政府開発援助(ODA)(円借款協力)を供与してきた。第1回目は2014年7月に100億円の円借款を供与。2回目は2015年12月に369億6,900万円を供与。3回目は今年5月に130億円供与しているが、これは2022年2月24日のロシア軍侵攻以後のウクライナへの円借款である。

ODAを巡る葛藤

これら円借款協力の特徴は、全て世銀との協調融資であることだ。3回目の開戦後の円借款には、「緊急経済復興開発政策借款」と実に長い名称がつけられている。それは端的に言えば、初めての戦時下緊急借款協力と言えるものであって、戦時下のウクライナを財政面で支援する、と言ったほうが適切な説明かもしれない。

JICAの説明によると、借款の目的は「ウクライナの進める非独占化・腐敗防止に向けた制度整備、土地、金融市場の強化、社会保障制度の強化といった経済政策改革を支援する」としている。恐らく、誰が聞いても今のウクライナにJICAの説明のような余裕などないと言うに決まっている。いかにもODAがウクライナの臨戦態勢を支える役割を果たしている、と言われるのを極力避けているような印象を与えている。

とにかくODA事業に関わる人々は、極めて当然のことかもしれないが、平和をシンボルとするODAが戦争と関わり合うことを本能的に避けようとしたがる。だから、できるものならば、戦争中のウクライナ支援のためのODA供与を回避したいと願う心情は理解できないわけではない。恐らく、国際協力に関係する人々は、平和のシンボルとしてのODAを守りたいと願っているからであろう。

だから、もし可能であるならば、「ウクライナ救済基金」などを急ぎ創設して、戦争中はこの基金から救済資金を拠出するという“味のあるシステムづくり”などが望まれたのかもしれない。とにかく、どういう戦争であろうとも戦争とODAとの線引きが鮮明でないという見方がODAの世界に沈殿している昨今かもしれない。

 

そうした議論の中で、ODAのさらなる戦略性を求めて、これまでの「ODA大綱」、あるいは「開発協力大綱」を改訂すべきではないのかと、マスコミでも取り上げられ始めている。去る5月16日付けの産経新聞では三段抜きで「ODA外交と防衛の両論―開発協力大綱の改定」と題して報道している。

そこで、もう一度、ODAの改革的な位置付けを確認するために、平成27年(2014年)2月10日の「開発協力大綱」に関する閣議決定を振り返りながら、ODAのあるべき政策目的を確認してみることにした。

ODA大綱との整合性

平成4年(1992年)に閣議決定され、平成15年(2003年)に制定されたODA大綱は、これまでわが国のODA政策の根幹をなしてきた。ODA60周年を迎えた今(2015年)、日本および国際社会は大きな転換期にある。この新たな時代に、わが国は平和国家としての歩みを引き続き堅持しつつ、国際協調主義に基づく積極的平和主義の立場から国際社会の平和と安定および繁栄の確保に一層積極的に貢献する国家として国際社会を力強く主導していかなくてはならない。

以上の認識に基づき、平成25年12月17日に閣議決定された国家安全保障戦略も踏まえながら、ODA大綱を制定し、開発協力大綱が定められた。

「開発協力」とは、狭義の開発のみならず、平和構築やガバナンス(治安維持)、基本的人権の推進、人道支援なども含め、「開発」を広くとらえている。そのため、ODAはなんとか現在のウクライナを援助できる政策的なバックボーンを持っていると言えるであろう。だからか、ODAによるウクライナ避難民救済、職業訓練などにも、政府の積極的な政策展開が望まれる。戦時下のウクライナに対して踏み込みが弱いように見うけられる。

これからは、南北問題のみならず、旧タイプの東西対立のような冷戦的傾向が強まる中で、平和構築、ガバナンス(統治)、基本的人権などが、ODAに大きくのしかかる時代になるかもしれない。その中で、ODA実施レベルにおいても、経済社会開発協力のみならず、前述の平和構築、ガバナンス、基本的人権などに幅広く対応する時代的要請が高まってくるだろう。

とにかく、問題は複雑である。つまり、これからのODAは「南北問題」のみならず、今回のように「東西問題」にも関わる可能性を広げている。それは、極めて政治的になる。その意味において、日本としてのODAを広く、弾力的に考え直す時代が到来しているのかもしれない。それは、ODA実施機関のJICAの在り方にも波及してこよう。

※国際開発ジャーナル2022年8月号掲載

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