高所得国にも無償適用か
政府は無償の資金援助を政策的に活用することを検討している模様である。
もっと正確に言うと、外交政策的に活用するということは、これまでの無償資金は所得水準が低く開発資金の借入れ能力のない開発途上国を対象にしてきたが、これからは日本の外交政策にも活用され、たとえば、ASEANの所得水準の高い国々や、時に新興国にも適用範囲を拡げることになろう。
伝統的な援助社会から見ると、これは革命的な方針転換になろう。もっと言うと、これまでの政府開発援助は開発途上国の経済・社会開発に絞られてきた。どちらかと言うと、経済開発が主流であった。しかし、政治の安定、社会の安定には政治的アプローチも重視されなければならない。特に、国単位のみならず地域レベルの平和と安定が重視されると、外交的対応を深めるべきだという要請も出てこよう。
たとえば、日本への中東原油の海上輸送ルート(シーレーン)はペルシャ湾からインド洋、マラッカ海峡を経て南シナ海、東シナ海へと続き、その海域の安全を守ることは日本にとって最優先策になる。
このシーレーン海域の安全を脅かすものは、ソマリア沖の海賊行為が顕著だが、一時はマラッカ海峡のインドネシア海域での海賊行為も問題になったことがある。その危険性は今も続いている。さらに、今度は中国とベトナム、フィリピンとの南沙、西沙諸島の領有権をめぐる領海紛争で、東シナ海、南シナ海も決して“平和な海”ではなくなっている。これらの紛争は日本の中東原油ルート、もっと言えば、日本の貿易海上ルートにも多大の影響を与えかねない。これらは、海洋国家日本の脅威となっている。
もし、これが米国の場合ならば、問題なく対外援助の対象になる。米国の対外援助は基本的に「米国への脅威を排除すること」を目的にしているので、シーレーン上の関係国の海の安全保障のために、警備強化のための援助を増強するに決まっている。具体的には沿岸警備能力向上のために、沿岸警備(コースト・ガード)のための軍事装備付きの船舶供与、そして艦艇基地建設などを始めるだろう。
新々「ODA大綱」の課題か
日本も、すでにフィリピンに沿岸警備艇を贈与しているが、それには政府開発援助(ODA)の無償資金協力が充当されている。
これについては、2月の大阪での“ワン・ワールド・フェスティバル”での公開座談会で、フロアから「ODA大綱」に抵触しないのか、という質問が投げ掛けられた。
その時、討論者の一人として出席していた筆者は、「軍事用に決して転用しないという厳しい約束の下で、船舶を供与しているようであるが、その監視システムをどうするかは、内政干渉という政治問題も絡んでくるので極めて難しい。しかし、ODA大綱の原則は守らなければならない」と答えてはみたものの、これから新しく検討される新々「ODA大綱」では、ODAの政治課題についても、そのコンセプト、その範囲などを厳密に議論する必要があろう。
無償資金協力を日本の政策、外交上の目的のために、伝統的な援助論を乗り越えて活用するとなれば、時として以上のような政治的問題とも向き合わなければならなくなる。
しかし、私たちは今やこうした問題を避けて通り抜けることはできないだろう。そこで、そもそもの話をしてみたい。
政府開発援助予算は、二国間外交に寄与するバイラテラル援助と国際社会に貢献するマルチラテラル援助(多国間援助)から成っている。バイの援助には極力、日本の国益を組み込んだ政策的意図が反映されなければならない。
一方、マルチの援助は開発途上国の経済・社会問題の解決に寄与する国際機関などへの資金拠出から成っている。
欧米では、バイの援助は二国間外交に役立つようセットされている。他方、マルチの援助は完全に国際益になるよう設けられている。欧米は、バイとマルチの役割を明確に線引きしている。
開発抜きの政府援助
ところが、日本の場合はバイの援助にまで国際益をかぶせてしまうので、予算のすべては被援助国の経済・社会開発に裨益すべきだ、という発想が強まり、二国間の外交・政治課題が疎外されがちである。
つまり、日本の外交的視点から援助するという視角が曇りがちであった。これから話題になろうとしている無償資金の政策的活用は、中進国であろうが、新興国であろうが、広く開発途上国という範ちゅうのなかで自由に使われることになろう。もっと言えば、開発援助を開発だけに特化せず、二国間援助は日本の政策課題の解決にもその役を広げることになるであろう。
時代は激動する。冷戦の落とし子ともいえる「南北問題」(南北の経済格差是正)解決のための開発援助も、1990年の冷戦の崩壊で終焉を迎えた。従ってそれ以来、開発援助のルールも緩み、その在り方も大きく変化しようとしている。
しかも、今では国際勢力が拮抗してG7がG20へ、そして勢力拮抗のGゼロへ向かう可能性もある。そうなると、国際間の掛け引きも激化する。そうした情況のなかで従来のODAとは一線を画する政治的、政策的な政府の対外援助(OA=OfficialAid)も近い将来、新設されるかもしれない。
米国ではすでにOAが多用されている。その場合、多くが政治的な案件に向けられている。かつては共産勢力の封じ込めのためにその多くが使われていた。日本の場合はおそらく軍事的ではなく、政治・経済的な意味で、二国間関係の強化に向けて戦略的に使われる可能性が強い。
そうなると、現在の政府開発援助がどう変化するかについては、正確に分析できないが、政府が「開発途上国援助としての意図」から「国家政策としての意図」へ大きく傾斜するならば、その激変は免れない。
これから政府開発援助には日本の“政策的意図”がかなり反映されるだろう。
※国際開発ジャーナル2014年3月号掲載
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