中国のユーラシア大陸鉄道 VS 太平洋・インド洋「シーウェイ構想」|羅針盤 主幹 荒木光弥

中国の百年の大計か

アジア開発銀行(ADB)は、去る5月に横浜で設立50周年目の総会を開催し、初代総裁・渡辺武氏の唱えた「アジアのホームドクター」を掲げて、アジアの開発ニーズにキメ細かく対応していくことを強調した。ただ、総会にはいつもと異なり、目に見えない緊張感を感じた。

そこには、世界77カ国が参加する中国提唱のアジア・インフラ投資銀行(AIIB)の威圧感があった。それは、「一帯一路」の構想力である。中でも最大のインパクトはヨーロッパ、東欧、中東を包含するユーラシア大陸での東西、南北の地域協力のプラットフォーム形成である。

しかし、それは中国側から見ると、百年の大計かもしれない。まず、構想を100年ほどのタイムスパンで設定し、それへ向けての戦略を立て、戦略を成功させる戦術を展開する。構想は、中国経済を中心軸に据えたユーラシア大陸経済圏の構築を目指す。そして、戦略軸には中国からヨーロッパを結び、ヒトとモノを大移動させる鉄道網の完成が考えられる。

去る4月、第35回の「日中経済知識交流会」が松江市で開催されたが、中国側の国務院発展研究センターの趙晋平・対外経済研究部長が“鉄道大動脈構想”を次のように語っている。なお、日中経済知識交流会は、故大来佐武郎氏(元外相)と故谷牧副総理の発案で1980年代に発足している。

インフラ整備は一帯一路の重要な政策である。一帯一路ビジョンを掲げてからの3年間で、中国からヨーロッパへの列車も7カ国、11のヨーロッパの各都市に到達している。その規模は累計で3,700便に達す。こうした“鉄道大動脈”の形成は、中国企業、ヨーロッパ企業群に重要な“物流手段”を提供している。今はまだ発展の初期段階で、多くの課題に直面しているものの、こうした鉄道大動脈は大きく発展しよう。

現在、重慶、成都からヨーロッパまでは14~15日の日数を要する。しかし、これまでの海運ルートに比べてみると“3分の2”ほどの節約になっている。つまり、海運ルートは45日以上の日数を要していた。

鉄道の大動脈はまだ初期段階にあるが、ヨーロッパへの各都市に対しては、独自の物流を考えている。例えば、中国からヨーロッパまでの物流列車は、帰りは空車のケースが多く、コスト問題が深刻になっている。そこで、中国鉄道総公司が中心になって、中国内の様々な物流を統合して、列車一台当たりのコストダウンも行われている。中央アジアに直接リンクする路線、モンゴルに直接リンクする一帯一路の沿線の重要な港などについても研究が進んでいる。

コスト競争力

以上が一帯一路構想のユーラシア大陸物流革命を唱えたもので、すでに構想の領域から実現へ向けて少しずつ動き始めている。こうした動向から、経済的コストの問題でシーウェイ(海路)よりもランドウェイ(陸路)に力点が置かれ始めていることがわかる。

そこで、中国はコストを武器に、日本のAIIBへの参加を呼びかけている。「日本企業、韓国企業は中国の東部に生産拠点をもっている。ヨーロッパへは海運ルートを利用してきた。日本はヨーロッパへ多くの高付加価値製品を輸出している。もし、大陸鉄道大動脈を利用すれば、物流コストにとって有利になるはずだ」と述べ、「中日両国が協力して多くのプロジェクトを展開すれば、Win-Winの関係が構築できる」とAIIBへの参加をしきりに呼びかけている。

1960年代には国連提唱による“アジア・ハイウェイ”がスタートし、世銀、アジア開銀などが資金面で支援してきた。その路線はアジア―中東(アフガニスタン)までで、トルコのボスポラス海峡を越えるとヨーロッパ・ハイウェイにつながる状況にある。

中国の言うユーラシア大陸縦貫、横断鉄道ネットワークは、ユーラシア大陸各国を物流で結ぶ形で大陸のグローバル化を可能にすることも考えられる。

レールウェイか、ハイウェイかは開発途上国援助においても議論になり、米国は自動車産業の先発国だけあってハイウェイを主張し、島国日本はレールウェイを主張してきた。大量の物流という面、コスト面、環境配慮という面ではレールウェイが有利な立場にある。そういう意味でも、従来のアジア・ハイウェイ構想はユーラシア内陸の発展という視点ではユーラシア鉄道網構想に勝てない。

海洋国家日本の役割

日本が、もし中国に対抗し得るとしたら、それは太平洋、インド洋、地中海、北極海を結ぶようなスケールの大きいシーウェイ構想しか残されていないと言える。考え方としては、東南アジア諸国連合(ASEAN)の海洋国家インドネシア、フィリピン、シンガポールと連帯して、当面はアジアとアフリカ、中東、ヨーロッパを結ぶ機動的で安価な海上物流システムを築くことではないだろうか。その場合、シーウェイによる石油、ガス輸送革命をはじめ、各国寄港地の近代化開発、背後地開発なども含む総合的な構想が必要になろう。

ADBがもしAIIBへの比較優位を得ようとしたら、近代的シーウェイ構想を日本、韓国、台湾、オーストラリア、ニュージーランドとASEAN連合で押し進める道しか残されていない。その場合、日本がリーダーにならなければならない。日本にとっては衰退する造船産業の復興、後退一方の海運業の再興というチャンスも出てくる。また、日本、シンガポール、インドネシア、フィリピン、インドなどとの連携による海運産業の発展も見込まれる。つまり、海運協力のプラットフォームがASEAN、日本、インド、オーストラリアなどの大連帯で形成される可能性も秘めている。

日本は米国を頼りにADBの維持発展だけを目指していては、中国の強力な“一帯一路戦略”のためのAIIBに呑み込まれる恐れがある。もし、ADBの新局面を開拓するとしたら、インドを含む太平洋地域ぐるみの国際的な“シーウェイ戦略構想”を打ち立てて、それを日韓米豪が主体的にバックアップする体制をつくることではないだろうか。その実質的なリーダーシップは海洋国家日本がとるべきであろう。

いずれにしろ、走り始めた中国主導のユーラシア大陸鉄道構想は時間と共に着実に成功度を高めていくに違いない。

※国際開発ジャーナル2017年7月号掲載

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