インフラ輸出と円借款協力 「スペックイン」をめぐる論点|羅針盤 主幹 荒木光弥

国益とODA

最近、日本のインフラ輸出が議論される時に、国際協力機構(JICA)など政府開発援助(ODA)関係者の間では「スペックイン」という言葉が一種の流行語のようになっている。それを端的に言うと、日本が援助する時、その開発プロジェクトの中に日本独自の開発方式やシステム、さらに技術などをビルトイン(仕込む)することを指している。

そうすると、日本が援助する円借款プロジェクトなどの国際入札を有利に進めることができるからである。こうしたケースは、特に大型の円借款プロジェクトに当てはまる。

円借款協力の歴史をたどると、戦後の輸出振興時代においてタイド(ヒモ付き)援助として利用されたものの、そのうち国際的な圧力でアンタイド化(ヒモ付き撤廃)を強要された。

しかし、今では中国など中進国の台頭で既存の援助に関する考え方や援助システムが狂い始め、かつての円借款アンタイド論も声を細めている。言うなれば、先進国では国益第一主義的な傾向が深まり、今の日本のODAもインフラ輸出という国益の中に取り込まれていると言っても過言ではない。

現在、モノ、ヒトの大量輸送手段として脚光を浴びている鉄道建設は徐々に大型化し、特にアジアでの鉄道建設は欧州連合(EU)、日本、中国などの国益をかけた闘いになっている。日本もトップ外交で鉄道の売り込みに余念がない。鉄道プロジェクトは金額も張るので、安倍晋三内閣の推進するインフラ輸出を強力に押し上げる効果を持っている。

まずはインドでのトップ外交が効果を発揮して、ムンバイ~アーメダバード間の新幹線方式鉄道を1~2兆円級の円借款方式で受注し、日本の信用を賭けた大事業に発展している。先に述べた「スペックイン」に沿って大きく言えば、日本の新幹線方式をインド鉄道界にスペックインしたと言っても過言ではない。

円借款戦略

日本でスペックインといえば、今やわが国ODAの大黒柱になっている円借款によるインフラ建設協力が狙い目となろう。円借款は大型のインフラ部門建設をカバーしているからである。しかし、その範囲は、先に述べた鉄道のみならず、大型の都市再開発、新しい総合的都市づくり、いろいろな種類の電力開発、ハイウェー建設、港湾開発など幅広い。

日本としては、インフラづくりに円借款協力する時は、日本のインフラ輸出につながるように、そのプロジェクトそのもの、その前の総合的な開発計画に日本のシステム、ノウハウ、技術がスペックインされ、国際入札で日本が有利になるような仕組みづくりが政府から要請されている。そのためには、計画段階から日本の優位技術やノウハウの導入を図るべく、その対応が求められ、JICA内にそうしたことを狙いとする新しい部門が新設されている。

これまで、新しいインフラ案件づくりは開発途上国との通商に強い商社、あるいはODA開発調査を通して開発途上国政府と太い人的パイプをもつ開発コンサルタントがそうした役割を負ってきた。ところが、国際社会はもとより日本社会でも開発途上国の汚職撲滅のために企業のコンプライアンスを求める流れが強まり、商社や開発コンサルタントのインフラ案件づくりの役割が消失していった。

そこで、日本政府はJICA自らインフラの初期計画段階に介入できるインフラ仕込みのための調査、計画部門を設けるよう要請し、今、その実行段階に移っている。そうした大変動の中で、JICAスタッフは流行語のようにスペックインを口にするようになった。中には不本意ながら、スペックインに賛成する人もいるかもしれない。

しかし、よく考えてみると、援助案件の中に日本の得意とする優れた技術、ノウハウを反映させるのは、“日本の援助”として当然と言えば当然である。このところ、全国レベルで脚光を浴びているJICAの中小企業海外展開支援も、日本の優れた技術商品の開発途上国への普及(輸出)という意味で評価が高い。

人脈づくりの要諦

一般的に国際入札でスペックインと言えば公正さを欠いているように受け取られがちであるが、日本の円借款計画やプロジェクトに日本の技術、ノウハウをスペックインすることは国益として当然の行為であろう。ただ問題は、相手国が日本のスペックインをどこまで認めるかどうかにかかっている。

要するに、日本の優れた技術、ノウハウの存在を、どうしたら多くのインフラを国際発注する開発途上国側に、事前に移転・伝達できるかどうか、そのノウハウが求められている。その方法はいろいろ考えられるが、今、確実に言えることは、教育、訓練を通して伝達することであろう。そのためには、日本独自の技術協力を、相手を巻き込みながら戦略に展開することであろう。

たとえば、マスタープラン(総合開発計画)づくり協力でも、日本人が一方的に計画立案するのでなく、相手政府の計画立案官僚を巻き込んで、それら人材の育成も兼ねて、一緒にマスタープランを創造するという共同作業方式を採用すべきでなかろうか。その共同作業の中で、日本の優れた技術、ノウハウを確実に相手にビルトインすることができる。

他では、新しい技術研修を計画することも一考であろう。たとえば現在、開発途上国のあちこちで交通体系の新しい構築を目指して、大量輸送の鉄道部門が脚光を浴びている。これは、筆者の経験であるが、かつて(1980年代)、私鉄(関東)の用済みの鉄道専門学校をそのまま開発途上国援助案件にしてはどうかという話が持ち上がったことがあった。その鉄道専門学校には、日本の鉄道技術やノウハウが詰まっていた。また、日本的鉄道経営のノウハウも含まれていた。しかし、残念ながら当時の政府は問題にもしなかった。

もしあの時、インドシネアやインドに日本式の鉄道専門学校が移転されていたならば、日本の技術、鉄道運行ノウハウを体得したインドネシア人やインド人が多数存在して、日本の鉄道案件輸出を有利に導いてくれたかもしれない。

「その国の教育を受けた人がその国の存在感を高めてくれる」という言葉があるが、日本の円借款協力も援助の原点に戻って、日本的人材育成、人づくりを重視すべき時代を迎えていると言える。

※国際開発ジャーナル2017年8月号掲載

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