円借款協力の実像を追って 貸付残高12兆3,000億円|羅針盤 主幹 荒木光弥

地域的な信頼関係の証

日本政府は7月20日、新型コロナウイルスの“感染対策外交”として、90カ国にも及ぶ開発途上国に対し、機材を中心に医療支援(無償資金協力ベース)を行うことを明らかにした。これを高く評価する人びとは、中国の「マスク外交」よりレベルがはるかに高いと賞賛している。

しかし、これからの政府開発援助(ODA)を展望すると、楽観は許されない。周知のように、欧米、日本など多くの従来からの援助国は、財政面で深刻なダメージを受けており、今後の途上国援助に不安の影を落としている。

それは援助財源の確保という問題である。特に税収に依存する一般会計予算ベースのODA(無償資金協力、技術協力)への影響は避けがたいとみられているからだ。ところが、そうした中で独自の財源を保有する円借款協力の出番と役割が高まるのではないかと言われ始めている。そこで、本号ではODAとしての円借款協力の実像を筆者なりに追ってみた。

まず、論点(1)として、円借款協力の地域的な日本への影響力を考えてみたい。それは言うまでもなく、日本外交の影響力にも反映されるものである。たとえば、円借款の5年間(2014~18年度)にわたる推移を援助案件数でみると、アジア地域がなんと70.2%と他地域を圧倒している。

これは円借款協力がいかにアジア地域に集中しているかを物語っているが、それは同時に日本の影響力、日本への信頼度がアジア地域に深く根をおろしていることを示唆していると言える。ちなみに、中東地域は10.1%で、アフリカ地域は9.7%である。

特に、アフリカは援助対象国49カ国中14カ国しか円借款を受け入れていない(2018年ベース)。その大きな要因は返済能力の問題であるが、突き詰めると、国家としての完成度の問題でもある。

その意味で、円借款を受けられない国は2018年ベースでみると、中東のアフガニスタン、イエメン以外ではエチオピア、チャド、中央アフリカ、南スーダン、モザンビークというようにアフリカ地域に集中している。このように円借款はカントリー・リスクを厳しく査定している。これは技術協力や無償資金協力と大いに異なる点である。そしてそこには有償、無償のすみ分けができているのである。

さらに、日本とアジアとの将来にわたる信頼度を測る物差しとしては、累計承諾実績が良き参考となろう。2018年度末の実績によると、累計承諾額の1位はインドの290件、5兆8,354億円、2位がインドネシアで690件、5兆685億円、3位が中国の369件、3兆3,597億円(これは1979年以降の日中国交正常化に伴う経済協力)、4位がフィリピンで300件、3兆920億円、5位がベトナムで204件、2兆7,249億円(現在は一時的な借り入れ調整中)というランキングになっている。

次に残高(2018年ベース)でみると、第1位インド(2兆1,742億円)、第2位ベトナム(1兆6,008億円)、第3位インドネシア(1兆3,684億円)、4位中国(1兆420億円)、5位フィリピン(7,344億円)、6位バングラデシュ(6,077億円)、7位パキスタン(5,853億円)、8位スリランカ(3,694億円)、9位タイ(3,689億円)、10位イラク(3,491億円)。

このランキングの特徴は、日本の安全保障の範囲が東南アジアから南西アジアにまで確実に広がっていることを示している。それは円借款協力を通した“信頼関係の帯”の拡大であり、中国を除く「自由で開かれたインド太平洋戦略」の帯であるとも言える。まさに、これがODAを通して築かれた地域間の紐帯かもしれない。

インフラからソフト系分野へ

次に論点(2)の円借款とその役割について考えてみよう。円借款は基本的に経済、社会、インフラ部門を対象にしている。2018年度承諾分の第1位は運輸部門で全体の76.3%を占めている。なかでも鉄道部門は62.8%と大半を占めているが、それはインド高速鉄道、フィリピン鉄道拡大計画などで知られる。第2位は電力・ガス開発(10.0%)、社会サービス3.1%、農林水産2.2%である。ただ、鉄道部門でも沿線上の都市づくりを通しての地域社会づくり、産業誘致、新しい産業開発など面的な広がりをもった総合的な協力が求められている。

もう一点は、国造りの基本とも言うべき社会サービス、なかでも「教育部門」の充実に向けての円借款協力の在り方が重要だと言える。かつてインドネシアなどでの「留学借款」が脚光を浴びたことがあったが、例えばソフト系借款として「技術研究留学借款」とか専門分野における「研究留学借款」といった新たな教育借款の道も切り開く必要がある。さらに、環境問題も含む災害に強い新しい都市づくりなどの借款の開発など、新しい分野への開発努力が求められている。

自立型の財政構造

論点(3)は円借款協力の財政構造であるが、今では政府資金に多くを依存しない独立採算が可能になっている。JICAの2019年報告によると、2018年度には8,000億円の返済があり、加えて金利収入は1,400億円。毎年の政府出資金は400億~500億円である。注目すべきは現在の海外資産(貸付残高)が約12兆円超に達していることである。

もっと分解してみると、日本の海外資産とも言うべき円借款の貸付残高は12兆3,000億円であるが、財源の内訳は財政投融資からの借り入れ債務2兆円、債券発行による調達8,000億円、出資金8兆円と準備金1兆7,000億円。そして出資金8兆円は財務省の出資金(積み立て)、もう一つの準備金1兆7,000億円は利益金(積み立て)であるとされているが、出資金と準備金を合算した約10兆円が自己資本だと言う。

つまり、円借款協力はほぼ自己回転が可能になっているのである。これはODAの財源不足の折、貴重な対外協力資金と言える。ただ円借款は今ではゼロ近似金利など貸し付け条件を緩和しているが、残すは返済の工夫である。円借款は返済時に途上国がドルを交換して円調達しなければならない。その時、円のドル相場がどうなるかが懸念材料である。将来こうした問題が起こらないとは限らない。ドル建て借款、変動金利借款などの積極的活用にも期待したい。

※国際開発ジャーナル2020年9月号掲載

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