知的情報の国際的影響力 「援助理念」をめぐる海外との共同研究|羅針盤 主幹 荒木光弥

援助理念の比較研究

今回は国際協力機構(JICA)研究所の海外との共同研究に注目したい。

まず、共同研究のテーマが古くて新しいもので、日本語訳すると「開発協力の正常な枠組み」。さらに興味を引くのはサブタイトルの「先進援助国と南側援助国(新興国)との間に位置する日本の援助」である。共同研究者は国際的に知名度の高い米国ニュースクール大学教授で、コロンビア大学、ハーバード大学でも教鞭をとっているサキコ・フクダ・パー女史と、JICA研究所主任研究員の志賀裕朗氏。

研究の目的は、日本の「援助理念」を国際比較研究することであるが、これまでの援助研究では援助理念が正面から取り上げられることはなかった、と言っても過言ではない。特に近年では、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)として登場してきた新興国と、これまでの欧米思想を強く反映させた経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)諸国の伝統的ドナー(援助国)との援助理念の違いが顕著になっている。

つまり、既存の援助秩序が混乱するなかで、援助理念が改めて問われている。欧米の信条を中心とするDACの援助秩序は、新興国、中でも欧米と異次元の領域にいる中国の世界経済への台頭で内部矛盾を引き起こしており、今や実質的には機能不全に陥っていると言える。

こうした時代背景の中で、改めて援助理念に研究の目を向けることは意義深い。しかも、日本は欧米諸国と一線を画した援助理念を持っているのではないかという視点に立って比較研究するというところに、新鮮なものを感じる。

チャリティーと協力

それでは、次に研究の特徴を簡単に紹介してみたい。

(1)日本は先進国の援助集団であるDACのメンバーでありながら、欧米諸国とは異なる援助理念を今日まで貫いていること。これが研究の決め手になっている。

(2)欧米諸国が援助を富める者から貧しい者への「施し(チャリティー)」とした、いわゆるクリスチャン・ソサエティーの道徳的義務(moralobligation)に基づくものと考えるのに対し、日本は援助を対等な立場に立つ者同志がお互いに利益を分け合える「協力(cooperation)」として捉えている。最近ではWin-Win(互恵)の関係を重視している。

周知のことと思うが、日本の政府開発援助(ODA)はその初期において「経済協力」と呼ばれてはいたものの、それは欧米の言う「援助」とほぼ同じ意味で使われていた。

(3)欧米の「援助=施し」というチャリティー観は好むと好まざるに関わらず、援助する側と援助される側との上下関係を固定化する効果を持つ。これに対して、日本の援助理念は「互恵」関係を重視している。これは援助国と被援助国との上下関係を緩和し、時に援助大国の強力な影響力というイメージを和らげている。

(4)欧米諸国が自国の優れた知識・科学・制度が開発途上国に対しても普遍的に適用可能だと考えるのに対し、日本は自らの経済発展の経験に基づく実践的、実用的な知識・ノウハウに重点を置きながら援助してきた。

(5)こうした欧米と日本との援助理念の違いは、援助手法の違いに反映される。たとえば、DACに代表されるように、欧米諸国は多くの場合「借款協力」に否定的である。ところが、日本は初めから円借款に代表されるように、借款でアジアのインフラ・ニーズに応じてきた。

援助の互恵性を表すものに、東南アジアの経済発展に寄与したものとして経済協力・貿易・投資の、いわゆる「三位一体」論があるが、これは独立間もない東南アジア諸国の産業構造の転換と経済成長の縁の下の力持ち的役割を果たした。たとえば、経済協力(円借款/技術協力)で国家の基礎的インフラ整備と人材育成を促し、港湾、道路などのインフラ整備が進むにつれて日本からの輸出を代替するように日本企業の進出が進み、東南アジアの産業発展へと結実していった。

その後は、日本の経済成長が進むにつれ、経済発展から一歩前進する開発途上国に対して今度は社会貢献につながる民主主義国家として、「民主主義」、「法の支配」、「人権」といった欧米に由来する援助理念も標榜するようになっている。それでも「互恵」思想はわが国援助の中心軸である。

筆者は、サキコ・フクダ・パー教授のインタビューを受け、先のわが国援助の三位一体論とともに、国益追求型援助時代が、バブル期には国際益的援助論へ移行し、今再び原点とも言うべき国益型援助論へ回帰している状況を説明した。

日本の伝統は自助努力

同時に、日本の援助思想の原点は、無意識のうちに日本人の原点でもある「自助努力」に帰着する。わが国のSelf-Help(自助努力)の歴史は古い。明治時代のベストセラーと言えば、福沢諭吉の「西洋事情」が有名だが、これに匹敵するものが中村敬宇翻訳の「西国立志編」があった。これがまさに英国著述家兼医者でもあるサミュエル・スマイルズの「自助論」(Self-Help)の翻訳本であった。

これが当時、数十万部も売れたというから驚きだ。内容は清教徒(ピューリタン)以来の英国プロテスタンティズムそのもので、「独立心を持て」、「依頼心を捨てよ」といった徳目で埋まっていたが、こうした徳目に共鳴する倫理的風土がすでに日本に存在していた。

明治政府も新しく国を造るという点で、好ましい国民的教材として推薦していたのではなかろうか。だから、その意味で新しく国を造る開発途上国援助の思想とも合致したのである。基本的に、日本の「自助努力」の援助思想は日本の体験に基づくもので、先に述べた欧米の援助思想と根本的に異なる。

援助理念が混沌とする世界にあって、日本の援助思想がパー教授のような国際的な知名度の高い研究者から世界に情報(研究)発信される意義は大きい。その発信力には、一騎当千のパワーが秘められている。日本は研究の面で国際的な発信力のある研究者を大切にして、国際世論の形成を目指すべきである。研究面から、客観的に日本の援助思想研究が国際的に広まることで、日本のODA理解が進み、新しい援助思想へ向けての第一歩になることを願ってやまない。

※国際開発ジャーナル2016年6月号掲載

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