“信頼は国の宝” インフラ輸出と円借款|羅針盤 主幹 荒木光弥

先祖返りの円借款

(一社)海外コンサルタンツ協会(ECFA)の新年会が1月10日に催された。まず慣例通り、国交省、経産省、外務省の順で関係省の挨拶から始まる。今年は各省ともに口をそろえてインフラ輸出を強調し、その輸出振興にとって政府開発援助(ODA)畑で活躍する開発コンサルタントの役割がいかに大切かを力説していた。まさに“インフラ輸出大合唱”である。

長年にわたってわが国のODAを見守ってきた筆者には、1960~70年代の経済協力と言われていた輸出振興時代を彷彿とさせる場面である。あの頃は、戦後復興を成し遂げ、次の新たな経済発展を目指す時代であった。そして、経済成長にとって大切な外貨を稼がなければならないという、国是としての輸出振興政策が求められていた。当時、ODAは経済協力と呼ばれていたが、政府の輸出振興という国家政策に協力するよう要請され、タイド(ヒモ付き)の円借款協力を賠償援助の延長線のように実施していた。

現在進行中の官邸を中心とするインフラ輸出戦略にとって、円借款協力は、まさに先祖返りしたようなもので、半世紀ぶりの里帰りだと言える。まさに歴史は繰り返されている。しかし、歴史の背景は異なる。

60年代は日本が敗戦の廃虚から立ち上がり、新しい民主国家づくりを目指して、発展の土台である経済成長を優先していた。中でも輸出振興政策はその要であった。経済協力としての円借款も、本邦企業のアジアを中心とした開発途上国への資本財などの輸出においてタイドという形で貢献していた。

欧米諸国も、日本の経済協力がアジア諸国の国造りに寄与しているという点で、最初は日本のタイド援助を黙認していたかのようであったが、そのうち、タイド援助を伴う輸出は「アンフェアな貿易」であるとして経済協力開発機構(OECD)の貿易委員会で問題にした。しかし、タイド援助の問題は開発援助の問題として、OECDの中の開発援助委員会(DAC)で討議されるようになり、1970年代になると、円借款協力は「商業的援助だ」と非難され、ヒモ付きを緩和し、ヒモの付かないアンタイドへ移行するよう勧告され、日本は90年代末には100%近いアンタイドを達成していく。

しかし、日本の繁栄はバブル崩壊を機に落ち目となり、1990年をピークに低成長時代が続く。そうした中で、安倍政権は日本経済の再生のための経済政策の一つであるインフラ輸出戦略を展開している。こうして円借款は先祖返りしたかのように、タイド化への道を歩いている。

経済協力の司令塔か

その背景には、外的変化も挙げられる。一つは中国など新興国の安値の貿易攻勢、もう一つは先進援助国の経済力の低下に伴って、先進援助クラブのDACを中心とした援助規範が緩み始めていることを挙げることができる。その大きな理由は、中国など新興国が独自の考え方や方法で、アフリカなどで独自の援助を展開しているからである。世界には二つの援助潮流が生まれてしまった。

時代の変化は、1960年代と大きく異なる。この頃から90年代前半までは、“日の昇る国日本”と外国に言われるほどの驚異的経済成長を遂げ、日本はまたたく間にトップドナー(世界一の援助国)になった。しかし、それも束の間、今では長い長い低成長が続いて、政権担当者(安倍内閣)は一定の経済成長を維持するのに四苦八苦の状況である。

そうした環境下で、ODAだけ聖域化できない。日本経済の安定に役立つものであれば、何でも利用したくなる。ODAの大宗を占める円借款も例外ではない。今では、60年代のもと来た道を歩むように、円借款協力のタイドベースを強化し、インフラ輸出振興に役立つ道を求めている。

安倍内閣はすでに成長戦略の一環として経済協力の司令塔となる「経協インフラ戦略会議」を内閣官房に設置している。

この会議は、日本企業のインフラ輸出やエネルギー・鉱物資源の海外権益確保を支援し、さらに、日本の海外経済協力(ODA)に関する重要事項を議論し、戦略的にして効率的な実施を図ることを目的としている。メンバー構成は内閣官房長官を議長に、財務、総務、外務、経産、国交、経済再生の各大臣である。まさに官邸主導の経済協力(ODA)体制である。

1990年代には、ODAの実施体制がしきりに議論され、“4段階構想”が議論の中心軸であった。第1段では司令塔の首相が采配を振るい、第2段では各省庁へ指令が落とされ、第3段では指令が実施ベースの国際協力機構(JICA)に移り、第4段ではプレイヤー(現場のコンサルタントや建設企業など)の役割になる。

上記の内閣官房主導による「経協インフラ戦略会議」は、変則的ながらODA実施の“4段階構想”と似ている。だから、実施機関JICAは主務官庁が外務省でも、官邸の司令塔経由の要請、命令は絶対的である。すでにインフラ輸出につながる円借款案件づくりが手ぬるいと言うことで、官邸の要請で案件づくりの強化を図るセクションをJICAに設けた。

なぜインフラプロジェクトづくりが後退したかについては、コンプライアンスなど、もっと大きな社会的背景があるが、ここでは紙面の関係で論じない。とにかく、以上のように首相の意を受けた官邸が司令塔になることは、正常な動きと言える。ただ、惜しむらくはインフラ輸出、資源確保だけでなく、広くODA政策全般にわたる司令塔でないことである。それゆえに変則的なものと言える。

総合的アプローチの円借款

最後に一言。国家が困窮している時にODAだけが独りカヤの外と言うわけにはいかないだろう。その意味で、ヒモ付き援助を復活させることもやむを得ないことかもしれない。しかし、あまり強引にヒモ付き援助を強化すると、これまで積み上げてきた開発途上諸国の“信頼”を失うことになりかねない。

たしかに、日本のインフラはレベルも高いが、値段も高い。ただ、その売り込みが強引すぎると、好感を抱く開発途上国の日本への“信頼”が損なわれ、将来へ“負の遺産”を残しかねない。

ODAをインフラ輸出に活用するならば、ODAが得意とする人材育成、マスタープランなどの開発計画づくり、環境に優しい技術協力などを総動員した、いわゆる総合的アプローチのインフラ輸出ならば、受入国側の信頼を得ることもできるし、開発援助としての意義も高まろう。とにかく信頼は国の宝である。

※国際開発ジャーナル2017年3月号掲載

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