「歌を忘れたカナリヤ」か JICAは本命の人づくりを忘れていませんか|羅針盤 主幹 荒木光弥

インフラとマンパワー

国際協力機構(JICA)の円借款部門は、政府のインフラ輸出戦略に応じようと、その有望案件探しに四苦八苦の有り様だ。

そのために、にわか仕込みの案件調査を懸命に続けているようだが、有望な案件はそう短兵急には発掘されるものではない。日頃から地道に時間をかけての仕込み調査とも言うべきマスタープラン(総合開発計画)作りに協力しながら、日本の技術・ノウハウが反映された案件セットを心掛けなければ、日本の言う質の高いインフラ輸出には出会えない。

ただ、マスタープラン作りと言っても、シングル・ヒット的な提案だけでは相手にとって魅力的ではない。日本とともにマスタープラン作りのできる相手人材の養成計画をパッケージにして提案したら、より効果的な提案になる。

これからの国際競争は、資金の提供能力だけでは勝てない。そのプロジェクトの開発効果を最大限に引き上げるには、有能なマンパワーがどうしても必要になる。だから、プロジェクト建設の発注側は、受注側がマンパワーの育成まで請け負ってくれるならば、まさに鬼に金棒とばかりに飛びついてくるに違いない。とにかく、マンパワーの育成がインフラ輸出戦略の肝になると言っても過言ではない。

たとえば、いま話題のインド高速鉄道建設支援(1兆5,000億円という天文学的規模)でも、単に新幹線を建設すればよいと言うものでもない。新幹線を維持・管理する技能者をはじめ、長い長い線路を維持・管理する技術者の養成やそのブラッシュアップも必要になる。ところが、その数も半端ではない。何万人という鉄道マンの養成になる。

インフラ(鉄道)輸出と言うと、車輌や信号設備から駅舎、運行管理に必要なコンピュータ・システムといったハード的なものだけを考えがちだが、円滑な鉄道運営には、現場型の人力(マンパワー)の能力開発が伴って、はじめてワンセットの鉄道建設協力になるのではないだろうか。ところが、人力(マンパワー)の能力開発は機械的に行えるものではない。

影の薄い研修事業

その一番難しいマンパワー開発は、政府開発援助(ODA)畑では技術協力に分類される研修協力事業に該当する。インドへの鉄道というインフラ輸出では、何万人という規模のマンパワー開発をどういう段取りで計画的に実施することができるか。それを考え、実施するのが研修協力である。あらためて、マンパワー開発のための研修協力がいかに重要かを認識させられる。

さて、今のJICAにそれができるのかと言えば、決してできると断言できる状況にない。「歌を忘れたカナリヤ」ではないが、今のJICAにはいつの間にか「研修事業を忘れたJICA」になっているような気がする。

現在のJICA組織を見ると、開発途上国の地域や国を見る地域部グループと、開発課題に対処する課題部として社会基盤・平和構築部、人間開発部(教育、保健)、地球環境部、農村開発部、産業開発・公共政策部などがあるが、どう見ても研修に精通しているとは思えない。JICA内で研修事業を立ち上げられるところは国内事業部かもしれない。

このように、技術協力の本命である研修(人づくり協力)を専管する組織が存在しない。いつの間にか、JICAは本命である人づくり協力の道を踏み外していると言っても過言でない。

ただ、過去を展望すると、古くは1960年代のタイの「モンクット王工科大学」、次いで70年代のケニアの「ジョモ・ケニヤッタ農工大学」、90年代から2000年代に入ると、エジプトの「エジプト日本科学技術大学」、マレーシアの「マレーシア日本国際工科院」などの教育機関づくりで大きな実績を残している。

また、1998年のアジア経済危機を契機に創設された「ASEAN工学系高等教育ネットワーク」(SEED-Net)は、日本の14大学とASEAN26の工科系大学のネットワークへと発展している。

さらに、JICAと文部科学省との連携で、「地球規模課題に対応する国際科学技術協力」(SATREPS)を実施している。

だから、JICAは人材開発協力を怠っているわけではない。今、問題になっている点は、JICA自身の構想力で、そして自らの手で人材を育成する研修事業を展開する能力を失っているのではないか、という疑念である。

特に、開発計画などの「政策立案」を企画する能力が欠落しているのではないかと懸念される。その理由は明快である。

研修ノウハウの蓄積を

JICAは2003年に、国家の行政に直結する特殊法人から独立行政法人へ移行し、政策立案能力を有する中央官庁との関係が希薄になるにつれて、政策立案型協力が縁遠くなり、政策アドバイザーの派遣などにも影響を与えている。そうした中で、政策立案型の知恵と経験がODAに反映されにくくなっているように見受けられる。

今の政府のインフラ輸出戦略では、大学教育型のノウハウではなく、産業政策型のノウハウを必要としている。しかし、上記のような中央官庁との冷えた関係の中で、産業政策立案の協力で霞が関の中央官庁との緊密な協力関係を構築するには時間がかかる。

さらに、JICAは人材育成が本命であるにもかかわらず、多くの人材育成プログラムをアウトソーシング(外部発注)しすぎた感がある。だから、人材育成に関するノウハウが組織内に蓄積されていないと言われている。

JICAはすべて手作りで援助せよとは言っていない。多岐にわたる協力事業の外部発注は当然である。しかし、JICAの技術協力の本命とも言うべき人材育成に関しては、研修プログラムを組み上げるノウハウ、その経験を組織内に蓄積する、といった技術協力の心臓部分だけはJICA内で温存し、維持し、運営する能力だけは残してほしい。それら能力は単なる能力だけでなく、JICAの行動理念を向上させる上でも大切である。

研修計画でも専門家と一緒になって、まずはJICAマンが中心になって練り上げる底力がJICAに必要である。すべて、丸投げの外部発注では組織内に人づくり協力のノウハウが蓄積されない。また、丸投げはいろいろな協力事業への当事者意識にも悪い影響を与えかねない。

とにかく、JICAは歌(人づくり)を忘れたカナリヤになってはならない。人材育成がJICAの本命であることを銘記すべきである。

※国際開発ジャーナル2017年2月号掲載

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