大いなる矛盾と詭弁を感じる習近平国家主席の発言|羅針盤 主幹 荒木光弥

AIIBは新しい模範か

アジアインフラ投資銀行(AIIB)の年次総会が7月28日、新型コロナウイルスの影響を受けてオンライン方式で開催された。開幕にあたって、中国の習近平国家主席は開業から4年を経たAIIBに対して「良い立ち上がりを実現した」「AIIBは国際的な多国間協力の新しい模範になるべきだ」と自画自賛した。しかし、多国間協力の新しい模範と言いながら、次期総裁は現職の金立群氏が再選され、間違いなく中国の影響力が継承される路線が確立されている。習国家主席の言う「多国間協力の新しい模範」に疑問が湧いてくる。

ただ、AIIBの加盟国・地域は確かに増えている。2016年の開業当初の57カ国から現在は102カ国へと倍近くに増えている。日米の主導するアジア開発銀行(ADB)は68である中、中国は自身の実績を誇らしげに語る。AIIBのこれまでの承認案件は87件で、その投資総額は196億ドル(約2兆円)を超えているとの報道もある(7月28日時点)。

しかし、AIIBとADBは立ち位置が大いに異なることに注目しなければならない。その大きな違いは、AIIBがインフラ投資に重点を置いているのに対し、ADBは開発目的が広く、インフラ開発はもとより教育、保健、貧困削減なども手がけている。しかも低開発国には長期で低利の譲許的な融資やグラント支援も行っている。例えば、2019年に限って見ると、AIIBの融資提供額が40億ドル(中国向け5億ドル融資を含む)に対して、ADBからAIIBへの融資および贈与のコミットメント増額は217億ドルであるから、金額面でもAIIBはADBに大きく差をつけられている。

ここで、もう少しAIIBに関する意見を求めることにしよう。最近、前ADB総裁の中尾武彦氏が『アジア経済はどう変わったか:アジア開発銀行総裁日記』(中央公論新社)を出版した。その中で、AIIBが創設された時期に次のメッセージを書いている。(1)AIIBはアジアをはじめ他の途上国のインフラ投資を助ける機関であり、国際的な最良の基準を遵守しなければならない。(2)AIIBはADBや世界銀行を補完する機関(今の中国がそう思っているかは定かではないと筆者は思う)であるが、AIIBはこれらの機関よりも新しい機関であるだけにガバナンスなどが時代にマッチし、効率的な部分もあるかもしれない。(3)AIIBが誕生してもADBの中国にとっての重要性は変わらない。

中国の世界戦略志向

しかし、AIIB設立準備に関わった中国側の一人は、これまでの国際秩序は欧米中心だったという視点を明確にして、日本の協力を呼びかけている。こうした発想は、今回のAIIB年次総会で習近平主席の述べた「AIIBは多国間協力の新しい模範になるべきだ」という思想に通じるものがある。これは筆者の偏見でもあるが、中国の言う新しい秩序とは、将来に向けての戦略的な世界観を示すものであって、あえて言うと、中国の欧米に対抗する新しい世界秩序づくりを目指すものと言っても過言ではない。ヨーロッパをはじめカナダ、オーストラリアなど多くの先進国まで、中国の言う「インフラ建設」という甘く経済的魅力のある言葉に釣られるように、AIIBに次々と参画した。そのAIIB創設の裏には、その裏の裏があるかもしれないが、中国の目に見えない、そして測り知れない長期戦略が潜んでいるように感じられてならない。

次に再度、前ADB総裁の中尾武彦氏に登場願い、日本への中国のAIIB協力要請についてどう答えたかを追ってみよう。筆者にはかなりの衝撃を受ける部分もあった。

(1)中国はすでにいろいろな面で十分存在感のある大国であり、日本が経済的にピークであった1980年代とは比較にならないほど国際的な発言力を持っている。(2)中国は国際機関の中でのシェアが小さいと言うが、国際通貨基金(IMF)や世銀でも日本が長い間苦労してやっと手に入れたようなシェアと幹部ポストをいち早く確保している。(3)日本は戦前に西欧へのリゼントメント(対等に扱われていないことへの憤り)やいろいろな事情があったとしても、拡張主義に陥って、国土も国民も周辺の人びとも、そして自らへの信頼も大きく傷つけたという歴史がある。(4)中国もアヘン戦争以降の歴史については悔しい気持ちがあるかもしれないが、それまでは疑問の余地のない大帝国であり、尊敬もされていたのだから、慌てて存在感を示す必要はなく、しっかりと安定的な成長と国民の生活向上を目指したらよいのではないか。(5)そうすれば、自分から言わなくても、もっと存在感は大きくなり、もっと尊敬される国になるのではないか。

そして、中尾氏はこう付け加えている。「先方は黙って聞いていたが、どう受け取ったかはわからない」。筆者としては、中国側の反応を知りたかった。今の中国は、既存の世界秩序の変更を求めており、ただ旧世界の秩序、価値観の変更を自分に都合の良い国家第一主義に基づいて行っていては世界の反発を招くだけであると言いたい。

中国の危険な領海問題

その良い例が領海問題である。竹田いさみ著『海の地政学:覇権をめぐる400年史』(中公新書2566)によると、国際社会は30年以上の歳月をかけて「国連海洋法条約」を1982年に誕生させたが、これに挑戦的な態度をとったのが中国であった。中国は1996年に国連海洋法条約を批准しながら、実はその4年前に国内法としての「領海法」を制定して、国連海洋法条約に縛られないことを明文化している。中国はこの国内法を持ち出して自由裁量をもって海洋同盟に関与できるのである。だから、中国は周辺の島々を全て領有していると一方的に宣言して、周辺の国々が実効支配しているのにもかかわらず、それを無視するように国の領有を主張している。現在、問題になっている日本の尖閣諸島やフィリピンが実効支配している南シナ海のスカボロー礁も中国領であると主張する。尖閣諸島は日本の領土であるにもかかわらず、中国は公船や軍艦を継続的に派遣して、中国領というイメージづくりを行っている。これは既存の秩序を破壊する以上の危険な行為だと言わざるを得ない。

そういう国がAIIB総会で主席自ら「国際的な多国間協力の新たな模範となるAIIB」と発言することに、大いなる矛盾と詭弁を感じてならない。

※国際開発ジャーナル2020年10月号掲載

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