一石二鳥のODA
単なる引っ越しか、それとも改革の始まりか。それが問題である。国際協力機構(JICA)の国内事業部(9課)と民間連携事業部(3課)は2月12日、かつて円借款執行機関であった海外経済協力基金の本拠地であった東京・大手町の竹橋合同ビルへ移転した。なお、同ビルは国際協力銀行(旧輸銀)の本拠地でもある。
JICA事業の中で目下、衆目を集めているのは国内事業部の動きのようである。なかでも人づくり研修の質を高める「大学連携」と「開発大学院連携」、さらに日本各地で中小企業の海外展開を支援する事業への関心は高い。本号では、特に国内各地の関心を呼んでいる中小企業支援事業に焦点を当てたい。
筆者の知る限り、特殊法人時代から旧JICAにおける国内事業部は、主に日本各地に点在する研修センター運営に当たるぐらいであった。日本各地では、青年海外協力隊の募集事業が知られていたが、当時はODA事業の範疇に入っていなかった。だから日本各地の地域住民にとって、ODAは遠い存在であった。
政府はODAへの国民合意を重視する。だが、地域社会は長い間、ODAを身近に感じる状況にはなかった。だから、JICAという名前は知っていても、具体的に何をしているのかよくわからない状況が続いた。少なくとも地域社会との深い絆は存在しなかった。
ところが、今の国内状況を見ると、以前に比べ雲泥の差を感じてならない。それはなんと言っても全国展開中の中小企業海外展開支援によるところが大きい。その達成件数は現在、700件ほどだと言うが、日本各地でこの事業を知っている、あるいは関係している中小企業は何千にも及ぶことだろう。それをODAの国民合意形成という視点から考えると、その貢献度は非常に大きい。
地域社会で一中小企業が海外に進出するとなると、当該地の役所、商工会議所、地域銀行などをはじめ多くの人びとが関与する。JICA、そしてODAの知名度は好むと好まざるとにかかわらず上昇していく。それは美化されがちなODA、抽象的なODAではなく、極めて具体的で、現実的なODA認識となって、全国に広まる。だから、人びとのODAへのイメージが明確に伝えられ、その理解度は大きく深まる。
中小企業海外展開支援は、途上国の工業化の基礎づくりに貢献するだけでなく、日本の中小企業の活性化を図るという意味で、まさに一石二鳥の税金効果を発揮するODAだと言える。
地域に根づく
最近ODAと言えば、多くの人びとは、「インフラ輸出と大企業」というイメージを抱きがちである。そうした一種の偏見を是正する意味でも、日本の弱者、中小企業の海外展開を助け、被援助国の弱者、中小企業を育てていく中小企業海外展開支援は時代の要請だと言える。
現在、中小企業支援の最高責任者は、外務省国際協力局長からJICA副理事長に転じた越川和彦氏であるが、彼の局長時代にODAによる中小企業海外展開支援事業が始まった。その時、ODAの役割として中小企業支援が適切かどうかを問われたことがあったが、筆者は途上国の発展を支える中小企業支援事業は立派に援助の範疇に入ると答えたことを記憶している。つまり、ODA事業が援助する側とされる側の双方に役立つWin-Winの関係を築くことができれば、それは最高のODAだというのが筆者の見解である。理念だけでは長続きしない。ODAは長続きしてこそ効果を発揮することができる。
次に、中小企業海外展開支援を追った報道の一部を紹介してみたい。報道は地域の関心度を示すバロメーターでもある。
2018年1月10日付の日経電子版によると、長野県の介護・医療施設を経営する「のぞみグループ」(小諸市)は、ベトナムの首都ハノイに介護人材を育てる学校と、介護施設を併設したモデル施設の開設に向けて、JICAの案件化調査を実施している。JICAの普及・実証事業に採用されれば、ハノイに学校と介護施設を併設したモデル施設を21年9月に開く計画だと言う。
カンボジアでは、2019年9月18日付の大分合同新聞によると、豊後大野市清川町で輪ギクを生産している「お花屋さんぶんご清川」が、JICAの中小企業海外展開支援で苗の生産拠点を設けるための基礎調査を始めている。
インドでは、2018年12月7日付の岐阜新聞によると、岐阜多田精機が金型エンジニアの人材育成を目指して、JICAの普及・実証事業(1億5,000万円)を活用して、現地の技術系職業訓練機関で日本の金型技術を育てることになった。このように、これまでの漠然としたODAのイメージが、全国の地域メディアを通じて、一気に具体性を帯びて全国各地に浸透している。
組織内連携への提言
最後に、JICAに提言したい。それは、JICA内連携の強化である。「ODA大綱」では“連携”の必要性を唱えている。それは大きくは国民参加、市民参加という思想の下での幅広い連携、そして援助現場における地方自治体、大学、企業などとの連携、さらに、援助組織内の連携も大綱で言う連携思想に含まれる。ここで問題にするのは、JICA内での連携である。その1つは、産業開発・公共政策部が10年以上も運営する通称「日本センター」として知られる「日本人材開発センター」との連携である。日本センターの所在地はベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー、モンゴルなどのアジア地域に集中している。これらの国々は、日本の近距離にあり、企業進出の最適地でもある。
それに、センターでは現地の経営者人材の育成に力を入れている関係で、当該地で経営幹部を目指す人びとのリストや、彼らが属する企業リストも蓄積されているはずである。したがって、当該地でのわが国中小企業の良きパートナー情報も入手可能になるはずだ。さらに、わが国の中小企業製品技術のニーズ調査も期待できる。
さらに、国内事業部内は研修事業も担当しているので、ちょっとした中小企業のカウンターパートの研修も現地で手がけることができるはずである。
これは、JICA内連携の1つの例である。組織内連携もできずに外部との連携ができるはずがない。今こそ、タテ割りの弊害を排除して組織の活性化を図るべきである。
※国際開発ジャーナル2019年3月号掲載
コメント