世界に冠たる職人的技術大国日本 本邦技術とマッチングさせた技術協力を|羅針盤 主幹 荒木光弥

油まみれの技術開発

最近の最大のトピックスは、本邦中小企業の優れた技術と政府開発援助(ODA)がコラボレートして、途上国の開発課題に寄与し、同時に中小企業の海外進出を助けるODAプログラムが衆目を集めていることだ。

それらは中小企業技術の「ニーズ調査」、「案件調査」、「途上国政府への普及事業」などを含むODAを活用した中小企業等の海外展開支援事業(外務省20億円予算)やJICAベースの中小企業連携促進調査(F/S支援)などである。

一般に、中小企業の技術と言えば、少々見下す傾向がないではない。しかし、世界で一流商品として評価を高めている自動車や電気製品なども、何万という優れた部品に支えられている。一流製品は一流の部品技術に依存している。その意味で、日本は中小企業による技術大国だと言えないことはない。

事実、中国、韓国、ベトナムなどはサポーティング・インダストリー(裾野産業)を担う日本の優れた中小技術を導入しようと必死に誘致している。ノックダウン(組み立て)産業にとって、部品技術はその成否を決める存在である。実を言うと、部品技術と簡単に言うがその開発努力は、資金は言うまでもなく、時間的にも忍耐と苦労の積み重ねである。そこは完全な職人気質の領域であると言える。技術開発に生き甲斐を感じる人たちの世界がそこにある。

ところが、こうした領域が東南アジアではあまり見られない。気候のせいか、慣習の違いからか、総じて忍耐力や創造への一種の美学が見られない。だから、ベトナムなどには日本の中小企業一家がごっそり移り住んでもらいたいと考えているくらいだ。

日本の中小企業の技術開発は研究室タイプではない。彼らは小さい工場で油まみれになって終日試作を繰り返している。汚れながらの忍耐力が日本の高い技術レベルの中小企業を産んできた。そうしたことが今のところ、ベトナム人はじめ東南アジアの人びとに馴染まないように感じる。したがって、日本の中小企業技術開発は世界的に見ても特異な存在だと言えるであろう。

ヨーロッパではドイツが日本とよく似ているが、今でもドイツ流職人気質が健在で、揺れるヨーロッパ経済(EU)のなかで安定成長しているのも、ドイツ経済の土台をコツコツ働く職人たちが支えているからであろう。中国や韓国は日本のリタイアした中小企業のベテラン職人を雇用して、その技術、ノウハウを取得しようと懸命のようである。

技術協力回廊の創設

そう見てくると、コツコツと研究開発している中小企業ベースの技術開発能力、その技術を産む母体としての中小企業も含めて、日本の宝だと言える。政府はこれまで輸出の最先端を担う大企業を政策的に保護し、支援してきた。

しかし、今や大企業は世界企業となり、次々と日本を出て行った。当然ながら日本中に産業の空洞化現象が起こった。働く場所がなくなり、地方の衰退が顕著になった。だが、よく観察すると、技術開発能力において健全な中小企業群が地方で頑張っていることがわかってきた。これは産業行政の手ぬかりと言えないことはないが、そうした技術で産み出される製品を日本の貿易振興に組み込もう、という試行錯誤が続いている。

ODAも途上国を対象にしているので、途上国向けに中小技術を普及していくお手伝いをしようとしている。それが途上国の開発課題に寄与できれば、まさにODAのWin-Winが成立する。

こうした方向は改めて言うまでもなく、日本の技術協力(ODA)の本来あるべき姿である。内政の反映が外交であるならば、国内技術の反映が日本の技術協力でなければならない。そうした流れを強化すればするほど、世界に対して日本の技術的影響力を高めることができる。ただ、その場合、途上国の開発課題に役立たなければ、結果として日本の技術は国際的評価を落とすことにもなりかねない。

その意味で、ODAと言えども国際競争力を有する技術、独創性の高い技術などを採用する必要があろう。

ところが、日本はそうした考え方で、これまで途上国への技術協力を推進してきたかと言えば、必ずしもそうとは言えない。これまでの経緯を見ると、少なくとも意図的に日本の技術(民間の研究開発した)に着目した技術協力が実施されてきたとは言えない。とくに中小企業レベルの技術開発をどこまで掌握し、フォローしてきたか定かではない。

今回、ODAによる中小企業支援が打ち出されて改めて、日本にはすごい技術があることが少しずつ明白になってきた。とくに、環境関連技術には世界のニーズに耐えられるようなレベルのものが多く存在している。

筆者は、JICAの地方事務所の仕事の一環として、研修員のお世話だけでなく、地方に潜在する中小企業の技術調査を行い、その情報をストックして、日本の地方と途上国とを結ぶ“技術協力回廊”を創設していくことを提言してきた。そうすることによって、副次的ではあるが、ODAと地方との相互依存が生まれ、ODAへの理解も現実的に進展するのではないかと考えた。地方の技術を具体的に活用するというリアリティーを伴ったアプローチでないと、地方の人びとのODA理解は増進しない。

本邦技術と売れる円借款

これまでのODAの考え方は、途上国の開発ニーズを満たし、それに貢献することしか考えてこなかった。まず日本の優れた技術を登用し、それと途上国のニーズとを意図的に、戦略的にマッチングさせる技術協力体系ではなかった。自国の技術力、技術体系をシステマティックに途上国へ移転させる技術協力が、二国間援助の当然の特長でもある。

この考え方を徹底させているのがドイツで、JICAに当たるドイツ国際協力公社(GIZ)では何千人という技術職人が活躍し、時には現役の民間企業の技術者を採用して、環境関連の技術、ドイツ伝統の機械技術などの訓練普及を行いながら、ドイツ系技術の途上国への浸透を図っている。

その点、ドイツに比べれば日本のJICAは大いに遅れをとっている。それは端的に言うと、長い間役所に属する、どちらかと言うと、公共事業的技術を頼りにしてきたからである。仮に民間技術へアプローチする時でも、役所を通してのケースが多かった。技術協力は官ベースの、いわゆる公共性の高い技術分野に多くを依存してきた。

ところが、ここ3~4年で急に高まった「官民連携」という新しい援助潮流のなかにあって、民間企業の開発した技術と連携しなければならなくなった。連携と言うからには、ODA事業の発注者の立場ではなく、イコールに対処しなければならない。現在、民間の技術を活用した技術協力を進めようとして、PPP準備調査、BOP支援調査、それに海外投融資を本格化しようと、官民連携の制度設計は進展しているものの、本格的な官民連携の技術協力制度は大きく前進しているとは言えない。

ODAと中小企業技術との連携が政策的課題になっている今こそ、民間技術とJICA技術協力との連携システムを構築する良い機会だと考える。これにより、多くの人びととODAとの距離感が縮まることになるかもしれない。とにかく今のODAはWin-Winを前提に日本の国難に寄与するという大きな転換点に立たされている。

最後に、JICAの円借款事業も、もともと相手国に開発資金を貸す援助事業であるから、相手国の開発計画に精通していても、日本にどういう魅力的な技術があるかについては掌握していない。しかし、これからはパッケージ型インフラ輸出などの国家的要請にこたえるためにも“売れる円借款”を目指さなければならない。そのためには日本の優れた技術、ノウハウを“売り物”にした総合的なアプローチが必要になってくる。そうしたなかで相手国の開発計画とマッチングさせる日本の優れた技術の発掘とその起用を余儀なくされるだろう。

したがって、技術協力も円借款協力も本邦技術についての知見を深めていくことがますます必要となろう。

※国際開発ジャーナル2012年10月号掲載

Follow me!

コメント

PAGE TOP