ASEANからのアングル 自由で開かれたインド太平洋構想|羅針盤 主幹 荒木光弥

インド首相も驚嘆する構想

今回は安倍晋三元首相を追悼し、同氏の掲げた「自由で開かれたインド太平洋構想」と、その重要な構成国家群と想定されている東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係に焦点を当てながら、同構想の在り方を展望してみたい。

去る8月に、チュニジアのチュニスで第8回のアフリカ開発会議(TICAD8)が開催されたが、今からさかのぼること6年、2016年8月にケニアで開催されたTICAD6で安倍首相(当時)が、その基調演説で「自由で開かれたインド太平洋」という考え方を提唱した。

その時、強調されたのが、成長著しいアジアと潜在力あふれるアフリカと、自由で開かれた太平洋とインド洋のドッキングによって生まれる大きなダイナミズムであった。その考え方は、2018年2月の第96回国会での総理大臣による施政方針演説でも披露されている。

そもそも「自由で開かれた太平洋」という発想は、難しく言うと自由で開かれたインド太平洋を国際的な公共財として発展させていくという考え方に基づいている。インドのナレンドラ・モディ首相は安倍氏の死去に際しても、同氏のインド太平洋を包含したアフリカへのアプローチに最大の賛辞を述べている。つまり、太平洋とインド洋とのドッキングでアフリカ開発を考えるというスケールの大きい発想に驚嘆しているのである。

ところが、太平洋側には日本、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドといった先進国だけでなく、今ではASEANの10カ国が一つの大きな政治・経済圏として順調に発展し、日々その存在感を高めている。日本のASEANへの直接投資残高は、1960~2016年の時点で約2,000億ドル(約22兆円)に達し、日本のASEANへの影響力は高い。また、ASEAN自身の対外的な影響力も高まっている。だから、日本はASEANと連携して、アフリカ開発に挑戦するのも、一考であると言える。

ASEANのとの連携

ちなみに日本のASEANへの投資残高を国別に見ると、タイ(6兆9,000億円)、シンガポール(6兆6,000億円)、インドネシア(3兆4,000億円)、フィリピン(1兆7,000億円)、ベトナム(1兆7,000億円)、マレーシア(1兆6,000億円)である。これらは、2017年時点の日銀統計によるものだ。

つまり、日本政府がASEAN日系企業と連携してアフリカ市場に参入するという新たな挑戦があってもおかしくはない。今の政府のTICADはマンネリズムに陥っており、極めて形式的で民間主導によるアフリカ開発の領域へ本格的に踏み込んでいるとは言い難い。さらに、論を進めると、ここで一気に官民が入れ替わって、経団連、日本貿易会など民間主導のTICADへ発展するという新しいスタイルを目指す時代に来ているのではなかろうか。時代はまさに民間主導の段階にまで来ている。アフリカ側にとっても、それは実質的な協力として歓迎される発想かもしれない。

ここで本論に戻ってみよう。日本のインド太平洋構想はそもそも中国の「一帯一路」戦略に対抗しての発想だと言われているが、どちらが先か後かは判然としない。

はっきりと言えることは、中国抜きのインド太平洋構想であることだ。ところがインドはインド太平洋構想が政治同盟ではなく、経済同盟であるから賛同したのであって、もし、これが政治性をおびたものであれば、非同盟的な対応を示したものと考えられる。この辺が、インド太平洋構想の難しいところであり、真摯な対応が求められるところかもしれない。

ところが、構想の中心部に入るべきだと考えるASEANのほうは、インドネシアなどが中心になって、2019年6月に「ASEANインド太平洋アウトルック(AOIP)」を打ち上げている。これは大国間の緊張が高まる地域情勢の緩和を対話の促進や協力、および友好関係の増進といった、これまでASEAN主導で進めてきた手法をもって、ASEANを中心としたASEANの「インド太平洋構想」を主張したものである。つまり、アジア太平洋の先進国である米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、日本などが中心軸となった「インド太平洋」論に対して、構想の中心部分とも言うべきASEANが自己主張したのが「ASEANインド太平洋アウトルック(AOIP)」であろう。

米中対立を回避

日本政府は、しきりにインド太平洋戦略は「対中戦略―対中牽制」ではないと強調しているが、ASEANは最初から“対中牽制”だと見定めている。だから、中立を標榜するASEANは、独自のインド太平洋論を展開し、独自の考えを打ち上げて、ASEANの中立性を強調したものと言える。それは米中の対立の渦の中に巻き込まれない秘策とも言える対応である。これはベトナム戦争以来のASEANの戦略であるとも言える。

特にASEAN構成図の中心も、中国と近接する大陸部ASEAN諸国(タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー)は、海洋部のインドネシア、フィリピン、マレーシア、シンガポール、ブルネイに比べると、中国との接触感覚が大いに異なり、国防、経済的国益(投資、貿易)という点では海洋部ASEAN諸国とは比べものにはならない。

それゆえに、彼らはASEANという運命共同体の中に潜り込み、中国の多くの脅威から逃れようと必死になっている様子がうかがえる。その脅威感は国境を接しているだけに大きいだろう。だからASEANと一口に言っても対外脅威感は大陸部で中国と直接隣接する国々と、そうでない海洋部のASEAN構成国とでは、大きく異なっていると言っても過言ではない。したがって、一口にインド太平洋と言っても域内外側の先進国より、域内内側のASEAN諸国、さらに太平洋島嶼国のほうが、中国から受けるインパクトは一段と大きい。

インド太平洋の先進国はそのことを常に念頭に置いて、インド太平洋構想を論じ、政策志向すべきであろう。一口にインド太平洋と言っても、その地域の先進国のビヘイビアは域内の「南北問題」(貧富の格差)を念頭に置いたものでなければ、真の地域的連帯感は生まれず、地域経済の発展を目指すインド太平洋構想も成功への道は遠くなるだろう。

※国際開発ジャーナル2022年9月号掲載

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