新しい援助思想
6月26日、10年ぶりに改定される3回目の「ODA大綱」(新しくは「開発協力大綱」)が「ODA大綱見直しに関する有識者懇談会」座長の薬師寺泰蔵氏(慶應義塾大学名誉教授)から、岸田外務大臣へ手渡された。
筆者は、今回で二度目の有識者懇談会参加を経験したことになる。そもそも、「ODA大綱」の誕生は1990年、イラクが突然クウェートに侵攻するという湾岸戦争に端を発している。その時、日本は米国をはじめとする多国籍軍に参加できない代わりに、応分の分担金約130億ドルを拠出した。ODAの分野では紛争周辺国を支援した。
野党は、こうした一連の資金拠出は憲法違反ではないのかと与党を攻め立てた。国会論争の中で、少なくとも日本のODAが戦争に加担しないように、一種の歯止めをかけておくという政策的意図で1992年に「ODA大綱」を創案することになった。国会論争が「ODA大綱」の産みの親になったのである。それから10年後の2003年には2回目の「ODA大綱」が、渡辺利夫氏(拓殖大学学長)が座長を務める外務大臣諮問の「国際協力有識者会議」の下で改定された。
それでは論点を筆者なりに整理してみよう。
第1点は、援助思想の新しい方向性を示す「表題」の改定である。これまでの「政府開発援助大綱」の政府を抜いた「開発協力大綱」に改名した。“政府”を取ったところに時代を反映する意味と意義が包含されている。それは「官民連携」に代表されていよう。
その背景には、(1)途上国援助を賄う政府の財政負担が苦しくなっているからである。その傾向は欧米先進国も同様である。2000年からPPP(官民連携)思想がヨーロッパに生まれたのも、政府が財政負担軽減を目指したからである。
(2)アフリカ援助に代表されるように、「援助より投資を」が時代を象徴する言葉になっているように、民間投資はまず雇用拡大につながり、国の安定に寄与する近道である、という認識が欧米にも広がっている。その場合、開発協力の主役は民間投資で、政府開発援助はインフラ整備、人材育成、法体系整備などをもって民間投資をサポートしなければならない、という援助論が台頭している。これは、初期の日本の東南アジア援助で経験済みだが、皮肉にも、その援助手法を批判してきた欧米が、日本の援助に原点回帰している。
新興国も援助対象
第2点は、これまでのように国際社会を必要以上に意識しないで、日本の国益を鮮明にしたことであろう。
第3点は、国益を強調するようにODAが日本の「国家政策」、日本の「外交政策」の手段であることを強く打ち出していることである。それを具体的に提示しているのが「援助卒業国論」の払拭である。外交的に必要ならば、所得水準などに関係なく新興国にも支援できることである。たとえば、新興国の多くは、“中進国の罠”のように開発の落とし穴に直面する可能性を秘めている。その対策を支援することなどが、新しい援助のあり方として注目されよう。貧しさに喘ぐ途上国を助けるのも日本外交の重要な一環であるが、日本との政治・経済的な連帯感を深めるという意味での新興国支援も大切な日本外交であろう。
第4点は、従来の基本方針を整理しながら新しいプライオリティー(優先順位)を提示していることである。その中で重要な一つが「非軍事的手段による平和の希求」である。これは、第1回、第2回の「ODA大綱」を継承するもので、日本国憲法を遵守している思想である。ただ、自衛隊の非軍事面である民生目的、災害救済・復興などは排除すべきでない、としているところは、前回の「ODA大綱」解釈を大きく前進させている。
筆者は、自衛隊の戦闘能力の誇示よりも、平和維持能力を重視したほうが、特にアジアなど多くの途上国の共感と安心感を得ることができると考えている。その他の基本方針はこれまでの踏襲で、「自助努力支援」、「人間の安全保障」、「日本の経験と知見の共有」などである。
質の高い成長とは
第5点は、「重点政策」であるが、「質の高い成長とそれを通じた貧困撲滅」が第一の政策的売り物である。質の高いとは今回の「開発協力大綱」の第一のキーワードでもある「包摂性」(英語のインクルーシブ)、つまり「成長の陰で立場の弱い人びとが取り残されないようにすること」を意味している。だから、筆者は「貧困削減」の意味が「質の高い成長」という概念に含まれているので「貧困削減」は削除したらどうかと提案した。
貧困削減には、ヨーロッパのキリスト教社会の慈悲的精神が込められており、貧しい人びとへのお恵み的思想を感じてならない。ODAが国家を支援するならば、国家を経済的に強靭にして、途上国政府自らが貧困削減を実施するのが本道と考えるからだ。しかし、国際的な援助社会では、生気を失ったようなポバティー・リダクション(貧困削減)という言葉が使われている。日本の自助努力精神の下では、貧困削減という考え方は他力本願的に聞こえてならない。
重点政策のもう一つの焦点は、「法の支配」思想の強化である。これは「平和構築」の拡大版である。つまり、東シナ海での領域争い防止、日本の中東からのシーレーン確保政策などをバックアップするものである。援助政策に政府の政策的意図が明白に反映されている。筆者はこれに反対するものではない。
第6点は、実施上の要諦である。それは2つのキーワードに代表される。1つは「戦略性」、2つは「連携」である。連携は官民連携だから説明するまでもないが、戦略性とは簡単に言うと、日本はこれから援助政策を主体的に捉え、Win-Winを前提に日本社会や経済の活性化に役立つような援助を政策化することを目指す、といっても過言ではない。これまでのように一方的ともいえる献身的な援助概念では、将来に不安を抱く国民を納得させることはできない。これがODAの今日的解釈であると言える。時代も変わり、考え方も変わった。
※国際開発ジャーナル2014年8月号掲載
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