北朝鮮への戦後賠償問題 韓国側の目ざとい試算|羅針盤 主幹 荒木光弥

取らぬ狸の皮算用

ドナルド・トランプ米大統領と金正恩朝鮮労働党委員長との歴史的な首脳会談が去る6月12日、シンガポールで開催された。

最大の焦点は北朝鮮の核廃絶である。日本にとっても北朝鮮の核廃絶は最大の外交目標であるが、同時に国民の安全に関わる拉致問題が解決されない限り、北朝鮮との国交正常化はあり得ない。従って、二つの難問を抱えた日朝関係の国交正常化は長い道のりを覚悟しなければならないだろう。

ところが、韓国では日朝関係が改善されれば、日本から巨額の戦後賠償が北朝鮮に支払われるという、“取らぬ狸の皮算用”のような計算が独り歩きしているようである。その背景には、米国が北朝鮮の核廃絶と引きかえに、多額の経済援助を約束し、その負担を日本と韓国に押しつけてくるという憶測が流れているからであろう。

ところが、韓国側では自国への資金分担を軽減させるためにも、日本の負担を多額の“戦後賠償”という形で増大させたい意向が働いていると見られている。

韓国のサムスン証券リサーチセンターの北朝鮮投資戦略チームは、その報告書(韓国中央日報電子版を産経新聞が6月18日付で報道)で、北朝鮮が請求権(日本統治時代)を行使すれば200億ドル(約2兆2,130億円)にもなると、勝手にそろばんをはじいている。こうした計算には、言うまでもなく北朝鮮から韓国経済界への経済効果も含まれているに違いない。

続いて、韓国側は日韓の間では1965年の協定で日本の朝鮮半島統治に伴う請求権を互いに放棄して、日本が総計5憶ドルの経済支援を行うことを取り決めたと報道している。ここでは、この情報をもう少しフォローしてみたい。

筆者は2014年12月に国際問題研究所の機関誌の巻頭エッセイで「外交の手段としてのODAの役割」と題して「国交正常化への潤滑油としてのODAの役割」を採り上げて、韓国と中国のケースを紹介した。

中国に傾斜する北朝鮮

1965年に日本と韓国との間で、日韓基本条約「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する大韓民国との間の協定」が結ばれる。経済協力としては無償資金協力3億ドル、有償資金協力(円借款)2億ドル相当額を10年間にわたって供与することが決められた。円借款のドル表示は珍しいケースであるが、それは円に対するリスクヘッジではないかと言われている。

借款第1号は1996年からの鉄道設備改良事業(ちなみに、1980年からの中国への経済協力第1号は北京―秦皇島間の鉄道近代化であった)。次の第2号は1975年の浦項製鉄所建設。これで韓国の工業化への足掛りができあがった。

援助の対象は道路、鉄道、通信、電力、鉄鋼など産業インフラのみならず、医療、教育、上下水道など社会インフラにも及んでいる。こうした傾向は中国との国交正常化に伴う経済協力でも同じで、鉄道、道路、港湾など運輸部門が援助全体の40%ほどを占めていた。

韓国も中国も同じパターンであることから、もし北朝鮮への経済復興支援が始まると仮定したら、韓国や中国と同じように大規模なインフラ整備から始まるものと考えられる。

ちなみに、日本の対中経済協力は1979~2007年までの円借款協力累計で約3兆3,597億円、無償資金協力1,446億円で、実施は2008年の北京オリンピックまで続いた。

次いで、これもまったくの仮定の話であるが、北朝鮮への日本の経済復興援助が開始された場合、北朝鮮がどちらのケース、つまり日本の対韓援助方式か、それとも対中援助方式を選ぶとしたら、北朝鮮は間違いなく対中援助方式を選ぶものと推測される。

その最大の理由は、過去の中朝関係の歴史から学べるように、北朝鮮は現在でも中国の後ろ楯を求めざるを得ない立場にあるからだ。しかも統治体制も同じく一党独裁である。

北朝鮮は地理的な観点からも、中国吉林省の東部と接し、そこは中国で最大の少数民族である朝鮮族の拠点(延辺朝鮮族自治州)でもある。民族的な同一性からも中国と北朝鮮との結びつきは濃い。

金正恩委員長は、おそらく中国式の経済協力を日本に求め、国家開発は中国と同じように政経分離型で、経済開発は資本主義的手法を取り入れ、輸出マーケットも中国市場を当てにするような、中国依存体制を強める可能性も考えられる。

ところが、最近ではベトナムの一党支配体制下での著しい経済発展にも着目しているという。一方では独裁的指導者リー・クアン・ユーの建国したシンガポールの独創的な経済発展にも注目しているという。

シンガポールのNPO「朝鮮エクスチェンジ」は、北朝鮮のピョンヤンで10年間、都市計画、特別経済区のつくり方、不動産業などでの官民パートナーシップを講義して、大きな反響を得ていると言われる。これも政治は一党独裁で、経済は資本主義という中国方式に傾斜している一つの証左ではないかという指摘もある。

環日本海経済圏構想の夢

このように、北朝鮮は一党独裁体制のままで、中国、ベトナム、さらにはシンガポールまで視野に入れて、今のドン底の経済をどう立て直すのか、しかも核廃絶を取り引きの材料にしながら、経済を立て直すことができるのか極めてタイトロープ的な駆け引きを始めているように見える。

最近では、トランプ米大統領も現在の北朝鮮体制の崩壊には言及せず、とにかく核廃絶を実行に移しさえすれば、大きな外交成果になるというスタンスに立っているので、北朝鮮の経済発展と安定への経済援助の道はかなり開かれていると見られている。

日本では1980年代後半から日本海沿岸の地方自治体や経済団体、大学などを中心に、地域経済発展の構想が語られたことがあった。そこでは、北朝鮮のロシア沿海州との国境での「豆満江地域開発計画」という構想とともに、中国東北地方、ロシア極東地域を包含する「環日本海経済圏構想」が盛り上がった。

もし、北朝鮮の核廃絶で経済発展が進展し、朝鮮半島に平和ゾーンが形成されれば、日本海に平和が訪れるという夢が現実するかもしれない。

その意味でも北朝鮮のチェンジは広域的な平和と発展へのビッグ・チャンスであるとも言える。それはまた22世紀の世界への貴重な贈物となろう。

もし、日本がこうした時代への平和の橋渡しができれば、老成国家・日本の新しい生き方になるかもしれない。

北朝鮮問題は、日本の将来を占う一つの重要な試金石であると言えないことはない。

そのためにも、日本にとって最後の難問とも言える拉致問題をどう解決していくのか。これは国際政治というより、基本的には日本固有の政治・外交問題であるだけに、日本の政治・外交の手腕が問われることになる。

その意味でも韓国が先走りした北朝鮮への日本の「戦後賠償」問題は朝鮮半島の平和の解決への突破口になる可能性もあり得る。日本は再び古くして新しい戦後賠償援助問題に直面する日が来るかもしれない。

※国際開発ジャーナル2018年9月号掲載

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