アジアインフラ投資銀行と援助思想 漂流する民主主義|羅針盤 主幹 荒木光弥

中国の挑戦

中国の提唱するアジアインフラ投資銀行(AIIB)は3月初旬頃から国際報道の花形となった。主な論点は大きく言って3つに絞られる。

(1)日米主導で設立したアジア開発銀行(ADB)と対比する形で、AIIBの新しい役割にスポットを当てていること。

(2)中国が今なぜAIIBの創設を思い立ったかという中国側の事情、つまり中国経済の矛盾や危機状況から設立の背景を分析していること。3月27日付産経新聞の正論欄で拓殖大学の渡辺利夫総長が「中国の過剰生産能力のはけ口として、また中国企業の海外進出への道を開こうという戦略である」と看破する。

すでに、水野和夫著「資本主義の終焉と歴史の危機」でも、中国の4兆元もの過剰設備、たとえば22%ほどの粗鋼生産過剰が投資の回収不能を引き起こし、やがてそのバブルが崩壊し、中国資本が海外逃避することになれば、中国は大量の米国国債を売却することになる。それは一方で「ドルの終焉をも招く」と指摘している。

(3)中国のAIIBの提唱は戦後、日米が創設したADBを超える世界的規模を持つもので、G7をも巻き込んで世界中の賛同を得ている点では米国主導の世界銀行に匹敵する。AIIBは、戦後の世界秩序への中国の挑戦と受け止められても中国は抗弁できないだろう。一方で米国の外交的失策を感じる。

ここではAIIBの問題を開発途上国援助の領域から言及してみたい。大きな論点は、援助秩序の崩壊である。その第1点は援助思想の衰退、第2点は経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)の瓦解。

援助思想の衰退とは。開発途上国援助は1950~60年代の東西冷戦の中から生まれた「南北問題」(先進国と開発途上国との経済格差の是正を目指す)から出発した。当時、DAC加盟諸国は77グループと称される開発途上国側と、対立と対話を繰り返しながら、開発途上国の資本主義的発展を催すと同時に、政治的には民主主義的な国造りを支援した。

議会制民主主義

欧米の援助思想は「議会制民主主義」の伝播であった。特に、米国は今でもそうだが、「議会制民主主義」の国造りを最大の援助目的にしている。米国主導の下でワシントンに国際通貨基金(IMF)体制とともに世界銀行と地域開発銀行として米州開発銀行が設立され、また、ヨーロッパ諸国や日本などと協力してアフリカ開発銀行、そしてアジア太平洋地域では日米主導でADBが創設された。

世銀、ADBなど地域銀行は、端的に言うと、戦後の世界秩序の維持装置として創設されたもので、アンチ社会主義という視点からはそもそもソ連、中国、東欧は消極的な対象国であった。そういう一種の政治的差別政策の下でADBに後発で加盟した中国は、アジア地域の開発で日米を超えられない。

中国がこの宿命的な枠組みから脱却するには、自らの構想でADBとは別にリーダーシップを取れるAIIBを創設し、戦略的に国益を拡大したかったのであろう。それによって戦後の中国包囲網的な古びた開発協力システムを骨抜きにしようと画策したとも考えられる。

しかし、アジアにおいて「議会制民主主義」体制を定着させようとした米国の援助戦略も、共産主義一党独裁という効率的な国家運営で独自の経済発展を遂げ、第2の経済大国にのし上がった中国の登場で自己矛盾に陥っている観がある。

これまで米国と同じく「議会制民主主義」を唱えてきたヨーロッパ勢も、こぞってAIIBに馳せ参じている。欧州連合(EU)は今やヨーロッパの地域的安定に終始し、アジア太平洋の平和と安全には関心を示そうとしない地域主義へと萎縮しているかに見える。

それともヨーロッパは、日米を主軸とするアジア太平洋の秩序維持に疑問を呈し、むしろ中国を含む日米中の新しい政治・経済秩序づくりを暗に提示しているのだろうか。

DACの崩壊

それにしても、AIIBの衝撃は大きい。世界の激変を痛感させる出来事であった。筆者が新年号の羅針盤で書いた「29億6,000万人の新興市場へ主客転倒で巻き込まれる、かつての先進諸国」が、今回の一件で証明され、すでに歴史的必然になっているかのように感じる。

ただ、これが歴史の必然性と言われても非民主的な一党独裁国家が29億6,000万人のリーダー国家であってよいものだろうか。何やら世界中が経済的利益を優先させて、自由で民主的な価値観を置き去りにしているように感じる。

半世紀以上にわたって唱えてきた「民主主義国家」造りの援助思想はどこへ行ったのだろうか。中東の民主化運動の挫折で民主主義が漂流しているのであろうか。

それでは次に、OECD・DACの実質的な崩壊を考えてみたい。中国など新興国は、DACに加盟して先進国と一緒に残された多くの開発途上国を援助するのが一つの道筋でもあるが、彼らは旧植民地主義者の集まりのようなDAC加盟を拒絶して、独自の援助の道を選んでいる。それが中国のAIIB提唱でもあるとも言える。

ところが、今回はDACの中核をなすヨーロッパ諸国が競ってDAC加盟に反旗を掲げた中国の提唱するAIIBへの参加を早々と表明した。彼らは、AIIBは途上国援助の範ちゅうに入らないと思っているのであろうか。

いずれにしてもヨーロッパ先進国はDACの存在を無視する中国の援助戦略に加担した。

今回のヨーロッパの行動はDACの価値観をくつがえすものである。過去を振り返ると、日本の円借款は欧米の圧力でDAC理論を押しつけられ、アンタイド援助(ヒモ付き撤廃)を強要されている。今や日本もいつまでも正直に50年前のDAC規制を守る必要はない。

世界は新しい援助秩序をめぐって戦国時代に入りかねない状況にある。AIIB騒動はそういうことを考えさせる動機を与えてくれた。

※国際開発ジャーナル2015年5月号掲載

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