AIIBに潜む中国の戦略 パックス・アメリカーナへの挑戦か|羅針盤 主幹 荒木光弥

シルクロード経済圏構想

過去2年半ほど中断していた第33回の「日中経済知識交流会」が4月16日から2日間、神戸で開催された。この交流会は1980年代に大平正芳首相、稲山嘉寛経団連会長の連携下で、大来佐武郎元外相が日本側の代表窓口になって創設された。中国側窓口は谷牧国務院副総理であった。その後、93年の大来代表亡き後は宮崎勇元経済企画庁長官が13回以降を引き継いだ。

今回の日本代表は福井俊彦・キヤノングローバル戦略研究所理事長。中国代表は21人のメンバーを率いる李偉・国務院発展研究センター所長。

議題は、世界経済、日中経済、社会保障制度などであったが、大きな関心事はなんと言ってもアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立意図であった。

ここでは李偉代表の発言を追いながら、中国の本音に迫ってみたい。

習近平国家主席は2013年秋に「一帯一路」というヨーロッパにまでまたがる陸と海のシルクロード経済圏構想を発表した。この構想はシルクロード沿線の65カ国、40億人以上の人々の生活に波及するものである。

そこで、この構想を推進するためにAIIB設立が必要な存在になった。しかし、構想のイニシアティブは中国が握るものではない。中国が既存の経済運営秩序に挑戦しようとしているとの見方は誤解であると述べた。

ところが、その後の発言では中国の本音が示され、AIIBの正当性が強調される。「国際通貨基金(IMF)・世界銀行、世界貿易機関(WTO)など既存の国際的仕組みは第二次世界大戦後につくられたもので、それが70~80年も経つと大きく変化してくる。環境条件が変われば、当然ながら環境に対応するメカニズムも変化せざるを得ない」とし、「現在、アジア地域が抱える問題を解決しようとすると、既存の国際金融機関の運営コンセプトは明らかに現実とかけ離れたものになっている」と実名は出さないものの、アジア開発銀行(ADB)の時代遅れを指摘していると言っても過言ではない。

新世界のクーデターか

さらに、こうも述べている。「中国の一帯一路のビジョンを第二次世界大戦後の米国のマーシャルプラン(欧州復興計画)と結び付けて、中国が何かを主導しようと企んでいると批判する人もいるが、それは実態的に見て背景が異なる。マーシャルプランは政府主導で、政府財政で推進され、その地域性も明白で、その裨益国も特定されていた。ところが、一帯一路計画は市場原理で運用され、その範囲は65カ国にも及ぶもので、世界に開かれている。言われなき誤解へ反論したい」。

中国側の発言を聞いていると、第二次世界大戦後の荒廃したヨーロッパおよびアジアの救済に乗り出した戦勝国、米国と対比しながら、米国の構築した世界経済秩序の維持装置(IMF・世銀体制)は時代遅れになっていると言っているようである。

中国は、次々と台頭してくる新興国グループの権利も確保しながら、既存の世界秩序維持装置を変革するために、先頭に立ってアジア開発の救世主になるんだと、世界的規模での新しい経済開発秩序づくりに挑戦しているようでもある。

アジアの秩序は第二次世界大戦後、それまでの大英帝国時代のパックス・ブリタニカから、米国のパックス・アメリカーナ、冷戦期のパックス・ルッソ・アメリカーナへと、とって代わった。ところが、中国はアジアにおけるパックス・アメリカーナが限界に来ているとみて、AIIBという挑戦の矢を放ちながら、じわじわとパックス・シニカ時代を築こうとしているようにも見える。

いずれにしろ、国家の発展が国際的覇権に結び付かない歴史はない、と言われている。AIIB構想は新世界の新興国群を味方に取り込みながら、米国の覇権で守られている旧世界への、いわばクーデターのように見えないことはない。ただ付言すると、新世界も一枚岩ではない。今は、経済権益で大同団結しているものの、中国の今後の動きによっては、いつ中国の新覇権に反乱が起きるかは予断を許さない。

日本政府の決断

今の段階では、中国は早々にヨーロッパまで巻き込みに成功しているので、クーデターは7~8割まで目的を達成しているかに見える。

さきの李偉氏は自信ありげに、こう述べている。

「日本では、英国がこんなに早く手を挙げたことが予想外のようだが、英国は米国の尻馬に乗って、根本的な国益を失うような愚は冒さない。日本も一帯一路に対して現実と将来の発展を視野に入れるべきだ」。

日本でも経済的関心からAIIB参加を主張する人たちが多い。しかし、日本政府は参加問題は単なる経済問題ではなく、日米同盟の政治的信義の問題として捉えている。安倍晋三首相は5月21日の日経主催の国際交流会議「アジアの未来」で、ADBと連携してアジアのインフラ整備に今後5年間で約1,100億ドル(約13兆2,000億円)を投じると演説した。

この資金規模はAIIBの資本規模以上に達するものである。これで日本政府の決意が示され、日米同盟としての覚悟が鮮明に打ち出されたことになる。

問題は、こうした日本の反発をヨーロッパがどう受け止めるかである。中国はヨーロッパのAIIB加盟で西側の旧世界を分断することに成功した。今の中国は資本の力、貿易の力でヨーロッパをコントロールできると考えているフシがある。英国では選挙戦でチャイナ・マネーが保守党を利したとも言われているくらいだ。そのうち、アフリカ開発で中国・ヨーロッパ同盟が結成されるかもしれない。そうなると世界経済秩序は半身不随に陥る可能性がある。

これを契機に、新世界の新興国群が新しい世界経済秩序の構築を求め、具体的には現行のIMF・世銀、WTOなどの大改革を求める運動へと突き進むことも考えられる。

※国際開発ジャーナル2015年7月号掲載

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