自民党の国際協力政策への提言 ロシアのウクライナ侵攻が大きな衝撃に|羅針盤 主幹 荒木光弥

JICA議員連盟の提言

政治家(国会議員)の現下の国際情勢を背景にした新たな国際協力政策を、二つの自民党議員グループが提言している。今回はそれを追跡しながら、政治家の今日的な世界観を探求してみたい。

提言の背景には、言うまでもなくロシアのウクライナへの無謀な侵略と、新型コロナウイルスの世界的被害が大きな影を落としている。そうした背景の中で国際協力に関する議論が政治性を高め、かつての“東西対決”を彷彿とさせる時代にカムバックしているような状況を醸し出している。ある意味、政府開発援助(ODA)の源流である「南北問題」が忘れられているような感じを深めている。

一つ目の提言は、4月の国際協力機構(JICA)議員連盟による「経済財政運営と改革の基本方針2022」である。この議員連盟は、日本の国際協力、特にJICA海外協力隊を支援する国会議員グループの提言だ。もう一つは、自民党政務調査会による国際協力調査会提言(第1次)である。

とにかく、政治的な危機感は高まっている。ロシアのウクライナ侵略と同じようなことが、今後のアジアでも発生する可能性がないとは言えない。たとえば、中国が一方的な現状変更を推し進めることもあり得ると言う。そうした想定が成り立つとしたら、故安倍晋三首相の提唱した「自由で開かれたインド太平洋」構想は、歴史的な戦略的価値を有することになる。提言では、そうした視点を踏まえて、日本のODAを戦略的に重視して活用すべきだとしている。

しかし、日本のODAは、対国民総所得(GNI)比で0.34%(2021年実績)で、国際目標(0.7%)の半分以下にとどまる。ドイツ(0.74%)、英国(0.5%)、フランス(0.52%)と比べてみると、その差の大きいことが歴然としている。日本は2023年にG7議長国として国際社会での議論をリードしていくためにも、今後10年間で、ODA対GNI比を0.7%に引き上げる、つまり2021年のGNIを前提とした場合、2021年のODA実績である約1兆9,300億円を約3兆9,400億円にまで増額するといった目標を掲げて、追加的な財政上の手当てを行うことでODAを拡充し、ODA対GNI比を段階的に国際目標に近づける必要があるとしている。

インド太平洋構想とODA

そして、「経済財政運営と改革の基本方針2022」に、次のような項目を盛り込むよう政府に強く求めるとしている。

(1)ロシアによるウクライナ侵略を受けた国際秩序の維持のための国際協力。つまりウクライナの国家基盤を支える協力、難民・避難民への支援、周辺国への支援、そしてウクライナの将来へ向けての復旧・復興支援などである。さらに、米中対立やウクライナ情勢に端を発した途上国経済、特にアフリカ、中南米、島嶼国などへの対策として、ODAを通じた財政、エネルギー、食糧などへの支援、さらに紛争起因の災害時におけるJICAを含む人的な緊急支援の在り方について調査検討を実施すること。

(2)「自由で開かれたインド太平洋」構想の実現に向けた取り組みを進める。それはODAの戦略的活用を通じた自由・民主主義、法の支配などの普遍的価値を共有する国々との連携や結束の強化である。つまり、ODAを通じた質の高いインフラ整備などによる陸・海・空の戦略的な連結性の強化、信頼関係に基づくサプライチェーンの構築、法執行等の海上保安能力の向上へ向けた支援、サイバー空間の安全保障、金融システムの強化に資する支援など。

(3)新たな領域・技術分野でのODAの一層の活用と、日本の技術力向上への貢献。まず第1に、途上国の共創パートナーとして、デジタル科学技術、気候変動などに関する協力を強化することにより、途上国の開発と日本の技術力向上につなげる。第2に、中小企業やスタートアップを含むわが国の民間企業の技術を官民連携により海外展開し、国内経済の活性化にもつなげる。第3に新たな領域・技術分野におけるJICAおよび外務省の専門人材活用と体制の拡充を図る。さらに、途上国や国際機関への戦略的な人材の送り込みを図る。

人間の安全保障

(4)新型コロナウイルスを含む感染症対策支援およびグローバル・ヘルス分野における貢献。途上国における変異種を含む新型コロナ対策およびパンデミックを含む公衆衛生危機への予防など対応能力の強化。さらに、より強靭にして公平で持続可能なユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)のさらなる推進。

(5)パンデミック後の創造的復興へ。パンデミックで甚大な影響を受けた途上国の経済、脆弱層の創造的復興に向けた「質の高い成長」および「人間の安全保障」の推進。また、コロナ禍で遅れが見られる持続可能な開発目標(SDGs)達成へ向けた取り組みの加速化。さらに、第8回アフリカ開発会議(TICAD8)を含むTICADプロセスを通じたアフリカの持続的な成長への貢献。

(6)わが国の地域社会における国際化の推進。少子高齢化によって日本の労働人口は減少している。途上国における来日前・帰国後の能力開発を含む外国人人材の受け入れ支援そして共生社会実現への支援。

以上が、JICA議員連盟の提言である。そしてその後、自民党政務調査会により国際協力調査会提言(第1次)が、「転換期にあって、健全な国際社会の発展と国益を守るための新しい日本の国際協力に向けて」と題して公表されている。提言内容は、JICA議員連盟と重なる所も多いが、プライオリティーの置き方が少し違う。取り組む分野の置き方として、たとえば「国際社会におけるわが国の貢献とリーダーシップによる国際保健」が取り上げられ、日本としての国際保健分野の外交戦略の具体化が求められている。

とにかく、政治家がODA、国際協力について、国益という観点からどう向き合うべきかが鮮明になった。問題は、日本の外交問題としてODAの外交的な有効性を国会で議論する機会が少ないことである。米国では議会でODA予算を承認する時に、政策的有効性を含めて討議されている。ヨーロッパ各国も同じである。日本では予算委員会でもODAの有効性が議論されることが少ない。筆者の記憶では悪い例としてフィリピンでの「マルコス・スキャンダル国会」しか思い当たらない。その意味で、JICA議員連盟による国会活動が期待されるところである。

※国際開発ジャーナル2022年11月号掲載

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