中国に翻弄された2015年 圧巻はアジアインフラ投資銀行|羅針盤 主幹 荒木光弥

南北の潮目が変わった

早くも年末。この1年を振り返ってみると、読者が内容を深く読み取るような、“眼光紙背に徹する記事”を書いてきたかどうか、いささか不安である。

今回は羅針盤の1年間を総括しながら、どういう年であったかを探ってみたい。

今年の新年号では、これからの世界の潮流を読み解くために「南北の潮目が変わる!新興国に呑み込まれる先進国」という見方を提示した。その予見通り新興国(特に中国)にこの1年間翻弄されることになった。新興国グループであるBRICSは29億6,000万市場だとみられている。これまで先進国と言われた日・欧米諸国はこの市場抜きに一定の経済水準を維持できなくなっている。中国の経済市場への欧州の貿易依存度は極めて高く、周知のように英国などは国家エネルギー戦略の中核をなす原子力発電にまで中国資本を導入することになった。

日・欧米の経済協力開発機構(OECD)開発援助委員会(DAC)諸国は好むと好まざるにかかわらず、中国など新興国と対等なパートナーとして付き合わなければならない時代を迎えている。だから、日本の対外援助(ODA)も古い皮を脱ぎ捨てて、新しい時代に合うように仕組みづくりしなければならない。

しかし、新興国の中国に譲ることもあれば、譲れぬこともある。2月号では第3回の「開発協力大綱(旧ODA大綱)」への朝日新聞の「ODAの軍事転用批判」に反論する。この議論は南シナ海の南沙諸島を埋め立てて自国領土にしようとする中国と、フィリピン、ベトナムとの領海上の対峙のみならず、国際法にもとづく公海での自由航行という問題にも波及してくる。日本も中東、インド洋、マラッカ海峡、東シナ海、南シナ海を航行するシーレーンとの関係から、日本の安全保障に直結する。そういう状況下でフィリピン、ベトナムからコースト・ガード(沿岸警備目的の)沿岸警備船を援助してくれるよう要請される。日本政府は非軍事という解釈で両国の要請に応じた。朝日新聞はこれを「ODAの軍事転用だ」と反発した。

ODAが軍事目的に転用されることは許されない。一方、ODAは基本的に「外交の手段」という役割も担っている。日本政府は外交方針を守るためにフィリピン、ベトナムの援助要請を断ることもできない。特に、安倍政権になってからは国益に立脚した積極的平和主義外交の手段としてのODA活用を重視している。

2月号では、ODAは「軍事転用目的」ではなく「外交目的」のために使われているという見解の相異を議論している。結局、新興国・中国絡みの論争となった。

中国の「一帯一路」構想

次いで、5月号では再び中国が主役を務める記事が登場する。それは世界銀行、アジア開発銀行に対抗するような、中国のシルクロード経済ベルト構想「一帯一路」構想を実現するためのアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設である。欧州諸国は中国の巨大市場を目当てに、早々に中国の軍門に下ってAIIB参加を表明する。日本は過去にアジア開銀創設をリードした関係から、さらに日米同盟という枠組み堅持から、中国の誘いには乗らなかった。

さらに続編として、7月号では「AIIBに潜む中国の戦略~パックス・アメリカーナへの挑戦か」を書いた。中国は戦後、米国が構築した世界秩序を少しでも切り崩そうとしている。中国は経済市場的魅力でヨーロッパを巻き込みながら、既存の米国による世界的権力構造を切り崩す方向にあるかのように見える。これまで、米国は東西冷戦時代からソ連(ロシア)をけん制するために中国には甘かったが、今や米国は中国の経済大国化、軍事大国化に戦略転換しなければならなくなっているという。

最近、米国国防総省顧問マイケル・ピルズベリー氏が書いた『China2049̶秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』では、米国の対中戦略の見直しが書き込まれている。その一つの現象が、南シナ海の中国人工島12カイリ内への米駆逐艦の航行である。中国はこれ以上、国際法を犯してはならない、という米国の強い決意がにじみ出ている。

インドネシア高速鉄道の怪

中国の波紋はまだ続く。11月号の羅針盤では「インドネシア高速鉄道入札で中国戦略に負けた日本」というタイトルを掲げた。日本はどうして中国に負けたのか。中国が繰り出した新たな戦略に日本の伝統的な援助手法、円借款協力が負けたのである。

つまり、中国は相手政府の保証付きの借款方式ではなくて、相手政府の国家的負債にならない民間投融資方式を鉄道という大型受注作戦に採用したのである。民間投融資は国家負債にはならない。もっと言えば、国民の借金にならない。これは、これまで日本の援助の王道とされてきた円借款協力に与えるインパクトは極めて大きい。

日本は現状で、中国への対抗手段を持ち得ない。欧米の援助は、借款依存ではないので大きな影響は受けないが、日本は今のままでは太刀打ちできない。根本的には国家体制の違いがその違いを大きくしている。一党独裁国家では、国営企業のように銀行融資と言ってもすべて共産党執行部が支配しているので、どこからどこまでが政府で、どこまでが民間なのか不透明である。リスクの負い方も、日本とは大いに異なる。日本では政府資金を投融資する場合、相手の保証を取らざるを得ないし、民間投融資では大型案件の場合、リスクヘッジのためにも、必ず一部でも政府系資金に依存することが多い。今回の鉄道受注で中国に負けた最大の理由は国家体制の違いによるものだと言っても過言でない。

すでに中国はラオス鉄道建設でも、インドネシア高速鉄道案件と同じ手法で受注している。ただ、中国もそれほどお人よしではない。たとえば、土地取得、開発権取得などの権益を入手している。中国は国家財政支出を他の権益取得も絡めて担保しているのである。

この1年間は中国の世界戦略に踊らされたように感じる。おそらく来年も中国露出の記事が多くなるかもしれない。アフリカ援助を書いても中国援助抜きには描けない。少々“中国疲れ”してきた。

※国際開発ジャーナル2015年12月号掲載

Follow me!

コメント

PAGE TOP